2008年9月6日(土)の太郎吉蔵での会議時間に限りがありますので、当日に先がけてインターネット上でメーリングリストによる会議を始めさせていただきます。

このネット上での会議を前提として太郎吉蔵での会議が続行されますので、事前にインターネット上の会議の内容を理解していただかないと当日はよく理解出来ないかもしれません。

 

事前インターネット会議

五十嵐威暢
進行役
2008.7.16

デザインの第一線で活躍中のパネリストが、今日のデザインについて、本音の議論をし、理解を深め合い、成果を共有するための会議です。
その成果を共通の認識として持ち帰っていただき、活動に反映してもらうことで日本のデザインは変わるはずです。

今年のテーマはローカルとデザインです。
昨年の問題提起を引き継ぎながら、今年も議論を重ねたいと思います。

当日の限られた時間内の議論の質を高めるために、事前にインターネットを使った会議を始めたいと思います。

事前会議は、9月6日までの限られた時間ですので、発言を求められたパネリストの方は可能な限り迅速な発言をお願いします。目安は3日以内の発言です。
まずは自己紹介やご自身のデザインに対する姿勢、あるいは今年のテーマについて、お話ください。

議論をスタートさせるために、梅原真さん、原研哉さんから発言をお願いします。
パネリストの方々は、いつでも自由にご発言ください。



梅原真
デザイナー
2008.7.18

ローカルには「デザインの価値」の概念がありません。とても「ヤリニクイ」のです。が

「ヤリニクイ」を「デザイン」する。そう考えればとてもハッキリしたコンセプトが見えてきます。

「金も、物も、人もない。」それをローカルの個性だと考える。

4kmの砂浜に1000枚のTシャツをひらひらさせる。くじらも見に来る「砂浜美術館」。

山田太郎さんが栽培する、無農薬ゆずしか使わない「ゆずシャーベット」。

漁師が、お百姓さんからいただいた“わら”で焼く「鰹のたたき」。

地元のおばちゃんが、新聞紙を再利用して作る「四万十川のecoバッグ」。

自分で漁った“天然あゆ”を原稿料に編集する「本」。

ひのきの板に、ヒノキチオールを染みこませた、香り板「ひのき風呂」。

etc … 。なんにもないをオモシロがれば、いろいろできる。

「ローカルはヤリニクイ」を100年唱えても、明るいものは見えて来ません。

東京はとてもうらやましいですが、“都会・田舎”それぞれの条件の中で考えるのがデザインだと

すると、それぞれのタノシサが見えてきます。

要は「ジブンモノサシ」を持っているかどうかと思うのです。

法政大学教授の田中優子さんがこう言っていました。

「下町の長屋に住んでいた子どものころは、貧しさなんて感じていなかった、とても豊かだった。

少し大きくなって、人と比較し始めたら、よそより貧しいのだとわかった。」

ボクも同じ事を感じています。

ニッポンは、人と比較ばかりしているうちに、大事なものを見失ってしまった!?

ニッポンの「ジブンモノサシ」はどこにあるの?

そして「ローカルとデザイン」というとき、「ローカル」と「ジブンモノサシ」となり

「ジブンモノサシをもう一度探さなくては」と思うのです。



原研哉
グラフィック
デザイナー
2008.7.18

皆さんこんにちは。
グラフィックデザイナーの原研哉です。
僕の専門は、コミュニケーションデザインで、
ものではなくことである、などとうそぶいておりますが、
イメージや、記憶、アイデンティティ、
あるいは企業や産業のビジョンなど、実体のないものを
ヴィジュアライズしていく、
つまり、人の頭の中に、特別な結び目をどう作っていくか、
というようなことを仕事にしています。
さて、今回のテーマは、ローカルデザインですが、
ローカルの捉え方については色々とあると思います。
梅原さんの仕事はいつも意識し、畏怖しています。
都市/田舎という図式から語るべき内容はたくさんあると思います。
しかし、一方では、グローバル/ローカルという捉え方も重要です。
世界の中で、日本という文化圏がどうなっていくのか。
経済という意味では、少しずつその存在を希薄化させつつ、
アメリカの凋落と、中国・インドなど、アジアの強烈な活性という
趨勢の中で、僕らはどのような誇りをたずさえて生きていくか
というような問題を、時折、考えるのです。

文化の本質はローカルなもので、
グローバルな文化というものはないんじゃないかと僕は考えます。
グローバルというのは経済用語として登場した言葉でもあります。
僕は、アジアの東の端の日本という場所を生活の拠点としていて、
そこで、日本語や日本の文字、日本人どうしの
意思の疎通を前提としてコミュンケーションの仕事をしている。
日本以外の仕事も、最近は決して少なくありませんが、
そういう時にも、やはり、自分の感受性のオリジナリティは、
日本というローカリティの中で育まれたものであると、
自覚することが増えているように思います。むしろ、
世界に出かけていく機会が増すごとに、そういう思いが強くなります。
また、そういう自分のローカリティを世界の文脈にひらいていく時、
やはり方言では通じないということも、切実に感じます。
これは言語的な意味ではなくて、
普遍的なロジックでそれを展開すること、つまり、
ローカルで成熟した感覚を、世界標準で、
より広い文脈につなげていくことが大事なんだと、
考えるようになりました。

しかしながら、冷静に内省すると、日本というものを自分は知らない。
そういう、絶望的な焦りを覚えることも多い昨今です。
かつての日本文化の繊細さ、精緻さ、丁寧さ、静謐さというようなものは、
本当にすごい水準に達していたのだということが、
最近、身にしみて、ひしひしと分かりはじめています。
古語や書をよく読めなかったり、
書ひとつまともに書けない自分を歯がゆく思ったりすることは
そういうジレンマの一つです。
本当に繊細なものは、一度消失すると、消息を辿るのは困難です。
だから、なんだかムー大陸のように、かつてあった日本というものを
想像しながら、なんとかもう一度そこから
感受性の資源をくみ上げてみたいと考えています。

最近「白」という本を上梓したのですが、
この本には、比較的慎重に翻訳した英語を併記しています。
英語がついているから世界語、というのではなく、
世界に対して話す、という前提が、書く時の日本語の文体を変えていると、
自分で書きながら感じていました。
グローバルにローカルが触れていく、というのは
自分にとってはそういう感触です。



五十嵐威暢
進行役
2008.7.20

梅原さんのローカルとジブンモノサシについての指摘はこれからのデザインの可能性を感じさせます。
恵まれているはずの東京のデザイン状況が必ずしも「世の中」や「人のため」になっていないことも事実であり、デザイナーの閉塞感には共通のものがあるように思います。
しかしながら、デザイナーとしての梅原さんの悩みは、今やジブンモノサシで実績を積み上げていて見事ですし、その達成感は恵まれた状況のように見える東京のデザイナーより、はるかに大きいように思います。
この辺りのことを議論で掘り下げたいですね。

原さんの指摘にあるローカルとグローバルな問題は、この先、避けては通れぬ私たち(日本全体の)の問題です。すでに日本のローカルはグローバル化のまっただ中にありながら、ほとんど手つかずの状態に見えます。
グローバル化の先に新しい文化が創造されるのか、日本はそのパイオニアになれるのではないかと期待もしますが、今のインドや中国、そしてロシアは手強い相手です。国と国、異文化がぶつかり合う中で、デザインはどのような活路を見いだすのか、興味深いことですね。
コミュニケーションの努力を通して世界が融和することを期待しながら、異文化の人々に向けてのコミュニケーションの困難さやナショナリズムに陥らず、自分たちのアイデンティティをどう育てるのか、ぜひ、議論をお願いしたいと思います。

次にどなたか、発言をお願いします。新しいテーマについてでも構いません。



土屋文人
ITコンサルタント
2008.7.26

土屋です。コメントを発信したいと思います。

今回のパネリストのなかで私だけが実際のモノづくりをしていない、あるいはモノづくりに直接かかわっていない人間だそうです。(五十嵐先生に言われました) しかし、印刷物というモノづくりの原点に立ち戻ってより良い、環境を作り出していくという活動はしてきました。

実家が印刷業を営んでいたということから、自分の人生設計の中で恐らく本来はやるべきではなかった『家業を継ぐ』、という決断をしました。それ以来四半世紀以上にわたって印刷にかかわってきました。日本における印刷という分野は恐ろしくローカルなものです。長い間、海外市場との直接的な競争にさらされてこなかったという意味だけではありません。日本国内においても代表的な地場産業といわれ、地域の経済との密接な関係の上に成り立ってきた産業です。世間知らずとも言えますが、外部からの参入障壁も高かったのです。他方、技術的には海外先進国からの輸入に頼ってきたのが現実です。最近で言えばDTP(Desk Top Publishing)などが良い例で、輸入物のパッケージソフトを無理やりローカライズして使っている例が多く見られます。残念ながら日本発の技術で世界に発信されたものは数えるほどしかありません。

印刷物は『文字・画像・図形といったコンテンツをある意図にしたがって組み合わせ、配置したもの』と見ることができますが、当然日本国内に向けた印刷物を創る上では日本語の文字が主要な構成要素となります。昨今印刷物を作るプロセスはデジタル技術抜きには考えられませんが、このいわば世界標準ともいうべきデジタル技術にとって日本語は特別に厄介な問題をたくさん抱えた難しい言語です。文字はそれぞれ固有の地域文化から生み出され、発展してきました。日本語の特徴として桁違いに多くの文字種を内包しているという点が挙げられます。日常的に使用するものだけでも数千文字、文化的な価値をきちんと継承するならば数万文字を必要とします。文字をデジタル処理する場合、一つ一つの文字に識別コードを割り振る必要があります。世界的にはUnicodeというコード体系があります。Wikipediaによれば『Unicode(ユニコード)とはコンピュータ上で多言語の文字を単一の文字コードで取り扱うために1980年代に提唱された文字コードである。』というものです。当初世界中の文字をこの単一のコード体系に収納するという目論見があったのですが、拡張可能な空き領域2万字分を巡り、各国から文字追加要求が起こりました。その内容は中国、日本、台湾、ベトナム、シンガポールの追加漢字約1万5千字、古ハングル約5千字、未登録言語の文字等々でした。ここで私が問題にしたいのはこの世界標準の文字の収納枠に対して日本は決定的に発信力が欠如していたということです。日本以外のアジアの諸外国の多くは極めて積極的に空き枠を獲得するための発言を繰り返し、いわば早い者勝ちともいうべき争奪戦が繰り広げられたのです。世界的に確立されたルールに沿って情報を編集し、デザインしていく上で最初からハンディキャップを負うことが明らかに予測されていたにもかかわらず、日本は傍観者的に成り行きを見ていたのです。これでは原さんが指摘された『普遍的なロジックでそれを展開すること、つまり、ローカルで成熟した感覚を、世界標準で、より広い文脈につなげていくこと』は不可能ではないでしょうか?それどころかどこかひ弱な負け組的波長を感じざるを得ないのです。つまりアジアの諸国のリーダーたちが最初から世界を意識して活動しているのに対して、日本は自らの殻に閉じこもりそれで良しとしている様に感じます。



奥村文絵
フード
ディレクター
2008.7.27

昨年より賄いを担当いたします奥村です。
今年も割烹着で味見をしていたところに、
とつぜん、客席に料理を運べとのお声。
一流料亭、着慣れぬ着物でどきまぎしております。
こぼさずお席までたどり着けるか心配ですが、
どうかよろしくお願いいたします。


忘れられない味があります。
九州の小さな山の入口にあるギャラリーで、漆作家さんが個展初日を迎えた夜でした。
オープニングパーティに差し入れられた色とりどりの漬け物。
作り手である近所のおばあちゃんの周りには大きなひとの輪が出来ていました。
彼女が育てた人参、茄子、きゅうり、みょうが、大根、瓜を
長年養ってきた糠床で漬けたお新香は、発酵が手伝ってどれも色が深まり、
大きな漆皿のなかでツヤツヤと輝き、まるで命そのもので、
食べやすく均等に切りそろえられた姿はすがすがとしていました。
自然は美しい。けれど手数をふんで生まれた聖には別の感動がありました。

漆器とおばあちゃんの味に共通するメッセージを感じ取り、
あの晩を設えたのはギャラリーのオーナーでしたが、
フードディレクターという私の仕事も、これになぞらえる事ができます。
台詞、役者、衣装、照明、音楽や空間を指揮して、
シナリオに新たな解釈をもたらす舞台演出家にもよく似ています。
食品メーカーや飲食店のブランドコンセプトを作り、食材の選定、レシピ、売り場構成、
ディスプレイ、パッケージやネーミング、ウェブ、広告などを制作します。
お客様との心的な距離をどう作るか、もブランディングのひとつです。
時にはサービストレーニングやショーケースの高さにも関わります。
つまり、空間やグラフィックのデザイン、素材、調理技術、商品情報などをタテ糸として、
ブランドコンセプトというヨコ糸を繰りながら、同時発生する多種多様な制作の方向性を束ね、
ほつれのない反物をしなやかに織り上げていくのがこの仕事です。
hotel miura kaenのレストラン、il cieloの再生プロジェクトにも関わりました。

食がテーマですから、「味」と「地域性」は濃厚に関係します。
出汁は顆粒、ご飯はチン、トマトのパスタが得意なの、
という現代の食卓を横目に見つつ、私もまた
春の土筆摘みや郷土の味を知らない千葉都民として育ち、
自給率1%の東京を拠点に食べ物の仕事をしています。
だからこそ作り手と使い手の間で「おいしいってなんだろう」を考えるのです。
「おいしい」は本来、刹那で、個人的で、感情的ですが、
梅原さんのおっしゃった『ジブンモノサシ』や、原さんの
『ローカルで成熟した感覚を、世界標準で、より広い文脈につなげていく』には、
今、ローカル、グローバルに迫られた「おいしい」に係る大切な示唆があると感じています。
新しい味、珍しい味に「おいしい」が踊らされるなか、
山のなかで出逢った漬け物は圧倒的でした。

同時に、わくわくおいしく食べてもらいながら、
日本の低い自給率や農業の高齢化、食品の安全性、消えゆく地域の味、廃棄される食品など、
深刻な食の問題を、やわらかく解きほぐすことができたら、とも考えます。
たとえば、ある町固有の希少な糯米を、
複数の販売チャンネルをもつ和菓子ブランドに、大福に変えてもらうことで、
ほおばった餅皮が、在来種と生産者の誇りと暮らしを守ります。
また、Iターンで頑張る農家の暮らしの風景を、
素敵な写真とともにストーリー仕立てにして、ウェブで公開する。
それを見た人の食卓に国産の野菜が増えるかもしれないのです。

ところで、近年「スローフード」や「地産地消」に光があたり、
産地や生産者そのものがブランド化を目指し始めています。
世界の畑との競争を強いられている日本にとって必要不可欠な流れに違いありませんが、
パッケージやロゴのデザイン=ブランディングという短絡的な発想や、
アイデンティティを欠いた食品が、多数目につくことも事実です。
会議のテーマ「ローカルとデザイン」については、
私自身、いくつかのローカルプロジェクトに関わりながら、
デザインされたモノやコトを現場がどう扱っていくのか、という
「持続」の壁に突き当たっているところです。

最後となりましたが、今年も会期中の胃袋をあずかる賄い係として
参加者の皆さまに北海道、滝川ならではの「おいしい」をお届けし、
ともにわくわくする時間を過ごしたいと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。



佐藤卓
グラフィック
デザイナー
2008.7.28

最近いろいろな地方の仕事に携わっているのですが
半年ほど前、「みかん」のことを一緒に考えてもらえませんかという相談があり、
現在何をするべきか、地元の方々と進めているところです。
みかんは愛媛みかん、静岡みかん、和歌山みかん、というように一般に
県産でしか語られず、梨やりんごやお米の「こしひかり」のように
ブランドになっていません。
オレンジなどという英語があたりまえに使われる以前から、
日本の「みかん」は食卓にあって、欧米から来た
「ブランド」という仕組みに中に今さら入れたくもありませんが、
地元の方々が心を込めてつくっているみかんを
もっと指名して買って欲しいという想いは、よく分かるのです。
そこでなんとかしたいという想いを、お聞きました。
自分の様々な経験がここで活きるのであれば、使って欲しい。
そんな気持ちで参加させていただくことにしました。

ここで気をつけたいのは、昔からそのみかんはそこで
少しずつ品種改良されて作られ続けてきたということです。
つまり新しく見えてはいけない、ということ。
とかくデザインすることは、「新しい形を与える」だの
「新しいことをする」ことと思われがちですが、ここでそのように
見えてしまうことをしてはいけない。
いかにも、その地域らしい自然な展開を見せなければいけないということです。
それには、その地域の風土をできるだけ理解しなければいけません。
そして短期間に理解することなど、とても不可能なことも分かっていながら
できるだけ地元に耳を傾ける。このことを時間の許す限り実行したいと
思っています。まさに奥村さんの文章の中にある
「パッケージやロゴのデザイン=ブランディングという短絡的な発想」に
ならないようにしなければいけないと、担当者と話しているところです。
では、なんで東京をローカルとする私が産地の仕事をするのかという
素朴な疑問が残ると思いますが、それはこのみかんが
首都圏やインターネットなどで流通しているということです。
今やインターネットもあれば、海外からのフルーツもある。
そういうグローバルな環境に否が応でも入り込んでしまうという
実状があるのです。海外からのフルーツと並んで流通からは価格を下げられ、県産だけの違いでは、美味しいみかんも美味しくないみかんも
同じ扱いを受けてしまう。これは確かに理不尽なことです。

このような環境でもろもろ相談しながら進めているのですが、
もう1つ、気をつけたいのは、美味しいみかんの味を
ちゃんと分かる方に「発見してもらえる」程度のコミュニケーションが
大切なのではないかということです。
ほんとうに美味しい味を知っている人は、メディアから知らされたものなどに
興味はなく、自分で発見したいものです。
ここにこんな美味しいみかんがあったんだ、と。
そこで新たなデザインなど、気付かれない方がいい。
いかにも誰かが新しいデザインを施したなどと見えてしまったら
せっかくの美味しいみかんが不味そうに見えてしまうと思うのです。
田舎の美味しいものって、できればそのままが一番いい。
新聞紙にくるまれた土の付いた芋は旨そうですよね。
極端ですが、そこに目に見えるデザインはない。

みかんを流通させるために、安易にブランディングなどという言葉は
使いたくない。日本のみかんは、日本のみかんでオレンジではない。
ここに変にブランディングをどこかから持ち込まれたくないので
積極的に関わることにしました。

そしてこのことをことさらグローバルに知ってもらう必要もないと
思っています。世界はなかなか見つけられないものがいっぱい
あった方がいい。事実、世界はそういうものです。
深澤さんとジャスパー・モリソンさんがスーパーノーマルという
展覧会を世界巡回させていますが、「スーパーローカル」という言葉は
どうでしょう?超ローカルということです。

いいものは簡単に分からないようにする。
でも丁寧にデザインする。
「みかん」の仕事はこういう姿勢で取り組みたいと思っています。

つれづれなるままに書いてみました。佐藤卓



中村好文
建築家
2008.8.3

デザイン会議のメンバーの皆さん、初めまして。
中村好文です。

この度、五十嵐さんからこの会議のお誘いを受け、久しぶりに太郎吉蔵に行けるいい機会だと、
会議のことなどあまり深く考えもせず「うっかり」お引き受けしてしまいました。

じつは、会議の方は末席に座らせていただき、皆さんのお考えを拝聴できれば、
いい勉強になるだろうぐらいに考えて参加させていただくことにしたのでした。

まさか、事前に「メール会議」があるなんて思ってもみませんでしたが、
こちらも末席でひっそりと皆さんのご意見を読ませていただくつもりでおりました。

ところがそのような消極的な態度を進行役の五十嵐さんが見逃してくれるはずはありません。
「ナカムラ、そこで居眠りしていないで、そろそろ発言せよ!」の指名がありました。
あ、ゴメンナサイ!、貴重な発言メールが次々と送られてくる中、ついウトウトしていました。

さて。

私は日本全国津々浦々で住宅設計の仕事をしておりますので、今回のテーマの
「ローカルとデザイン」という言葉に対しては思うところがあってしかるべきだと思います。
しかしながら、職人的人間の悲しさ、ものごとを深く掘り下げて考える習慣がなく、
(・・・と書いたら職人衆に叱られてしまいますね、職人の皆さんごめんなさい!
このメールはなんだかいいわけとお詫びばかりだなあ)いつも場当たり的に仕事をしてまいりました。
そんなわけで、突然このような深遠なテーマをいきなり突きつけられると、
グッと言葉に詰まってしまいます。

会議までにメンバーの皆さんの間で取り交わされる活発な意見交換を読ませて
いただくうちに、自分の中で惰眠をむさぼっている「問題意識」が覚醒させられ、
意見のようなモノも出てくるかも知れないと思って、これまでのやりとりを遠巻き
に見学させていただいたような次第です。

本来このメール会議の目的のひとつは、会議に向けてのウォーミングアップの意味
あいもあるものと思いますので、そういう意味では私のような人間にとっては誠に
ありがたい配慮だと感謝しています。
メール会議を発案してくださった五十嵐さん、ありがとうございます。

というわけで、序盤戦の「メール会議」、滝川での「本会議」におけるメンバーの
皆さんの貴重なご意見と有意義な討議を今からとても楽しみにしています。

中村好文

【追記】

7月27日の奥村文絵さんの発言には、大いに心動かされました。

できるものなら、私も「会議のメンバー」からその「賄いのメンバー」の方に移ら
せていただきたいと本気で考えております。
ふだんから台所仕事が大好きなので、割烹着姿の奥村さんの背後で、下ごしらえしたり、
皿洗いしたり、手となり足となり、きっと有能なアシスタントになれることと思います。
奥村さん、一生懸命やりますので、よろしくお願いいたします。

どうしてそのようなことを考えたかと言うと、奥村さんのメールの中の・・・

「忘れられない味があります。
九州の小さな山の入口にあるギャラリーで、漆作家さんが個展初日を迎えた夜でした。
オープニングパーティに差し入れられた色とりどりの漬け物。
作り手である近所のおばあちゃんの周りには大きなひとの輪が出来ていました。
彼女が育てた人参、茄子、きゅうり、みょうが、大根、瓜を
長年養ってきた糠床で漬けたお新香は、発酵が手伝ってどれも色が深まり、
大きな漆皿のなかでツヤツヤと輝き、まるで命そのもので、
食べやすく均等に切りそろえられた姿はすがすがとしていました。
自然は美しい。けれど手数をふんで生まれた聖には別の感動がありました。」

という冒頭の一文を読んで、胸の中に涼風が吹き抜けていくような爽やかな思いを味わったからです。

地元で取れた野菜の漬け物、その色とりどりの漬け物を、それにふさわしい漆皿に美しく盛りつける。

このことこそ「ローカルとデザイン」の融合の理想的な例のひとつだと、私は思うのです。
穏やかな日々の暮らしの中に「ローカリティ」のことも「デザイン」のことも
自然に溶け込んでいく・・・机上の理屈ではなく、足がしっかり地に着いた実践として。
「なあんだ、私もこういうことを目指していたんだ」と、はっきり気づかせてもらえました。

奥村文絵さん、ありがとうございます。



五十嵐威暢
進行役
2008.8.3

色々な切り口でローカルとデザインが語られ始めました。

土屋さんの指摘したユニコードの問題は、日本の世界に対する典型的な対応の姿を浮かび上がらせています。デザインの国際的な仕組みや標準化の問題に対して、相応しい人材と体制が戦略的に用意出来ていないのが日本の実情だからです。官僚や一部の研究者が関わるものの、実際に扱う側のデザイナーの受け皿(私の知る限り、デザイナー団体はほぼ無力でした。)がありませんし、したがって情報の共有すらないように思います。
私はデザイナー時代に聞いたことはあるのですが、行動が伴わなかったことを少し思い出しています。皆さんはユニコードをご存知でしたか?

一方、奥村さん、佐藤さん、中村さんは日本のローカルとデザインの融合が長い時間をかけて引き継がれていく姿に、その可能性を感じられているようです。デザインは自分の本当の出番に役割を果たしていく。それ以上も以下でもないということでしょう。私もそのことに憧れますし、そういうことをしたいと思います。

しかしながら、グローバル化の波は日本へ押し寄せ、地方へ波及しています。破壊される前に、
急いで従来からのやり方を変え、システムを作り替えているのが日本の現状ですが、スピードは極めて遅いと言わざるを得ません。
日本の文化の特別な性格である「曖昧さ」は、白黒の二者択一しか存在しないほとんどの世界に対して、十分に未来の新しい世界標準となる可能性を孕んでいると思いますが、現実の緊急な事態の解決とどう折り合いをつけていくのか、説明の難しい私たちの文化の良さをどのように発信するのか、私たちはとても難しい判断と行動を迫られています。

都市と田舎、グローバルとローカルのふたつの組み合わせはまったく異なる世界のように見えて、実は表裏一体の関係にあると感じます。
皆さんはどのようにお考えでしょうか。

まだ発言されていない西沢さん、大迫さん、西山さん、いかがでしょうか。



大迫修三
ギャラリー
プロデューサー
2008.8.4
すいません。またまた、遅れてきた青年になってしました。
このところずーっとテーマである「ローカルとデザイン」ということを
考えていました。
仕事とあまりリンクしないところですが、
考えていることを徒然に書いてみました。

結論的にいえば、それはまさに梅原さんのいうところの
「ジブンノモノサシ」ではないかと思っています。
今回のテーマを考えるとき、原さんのグローバル視点や、
ユニバーサルデザインという言葉が「ローカルとデザイン」の
対語のように感じられています。
そもそもデザインとは何かという問いにもなってくるのですが。
ローカルという経済的な面からではなく、文化的な面からすると
80年代半ばから、日本中に均一の都市化がはじまったように思います。
1988年発行の橋口譲二さんの「17歳の地図」という写真集の巻末に
こんな文章がありました。
手元に作品集がないので、確かなことはいえませんが、
「近頃気になることがある。日本中を歩いて撮影に回っているが、
どこもかしこも同じような建物が増え、地方の景色が崩壊している。」
というような文章です。
近代化、都市化という名の下に、地方文化を、風習を捨て、単一の文化、
デザインといってもいいと思うのですが、
なんのためらいもなく取り入れたきた結果が
現在の「ローカル」というものだと思うのです。
それは、いってみれば明治維新から変わらぬ
日本人の性癖ともいえるのではないでしょうか?

だいぶ前の話になりますが、
亀倉雄策先生と雑談しているときに、こんな話が出ました。
その時は、とくに気にすることもなく聞き逃していたのですが、
今の日本を象徴するような言葉に思えています。
「大迫君ね。日本が鎖国をとかずにこの100年間、
江戸時代が続いていたら、世界でもっとも優れた文化国家として
世界中から尊敬されると思うんだがな。」と。
たったこれだけの話ですが、唐突に出てきたこの言葉は、
亀倉先生が世の中をどう見ていたのかわかると同時に、
世界の中で自分たちの文化を大切にするということが
いかに大事で難しいかを語っているように思えてくるのです。
最近話題の徳島県上勝町での料亭用の葉っぱを売るビジネスも
その典型例のように思うのですが、
結局植林もせずに天然林を維持していたおかげで日本古来の植生が
残り、こんなビジネスとして展開できたのではないかと思います。
北海道や東北地方に残るブナ林も、結局、行政の植林制度に従わず
伐採しなかったおかげで、いまは観光資源としても
再評価されてきています。
「ローカルとデザイン」というタイトルに
五十嵐さんが期待しているところとは少しずれるかもしれませんが、
この考え方は、もちろんこの言葉通りの意味と、
また視点を広げれば、日本と世界でも同様なことがいえるように思います。
デザインというとバウハウス以来、ある普遍的な美を量産とともに
提供していくという基本的な共通概念があると思うのですが、
いまこそデザインとは、自分たちが何を持っていて、
何を大切にするのかを考え、再発見することが
使命のような気がしています。
その意味でも、もの作りから、こと作りにデザイナーの視点も大きく
変わっていって欲しいと考えています。


五十嵐威暢
進行役
2008.8.8

多くのデザイナーがそうであったように、大量生産による世界の平等化と良質化を理想として、インターナショナルスタイルを目指した結果に対して、デザイナーが反省し始めているのだと思います。
そのことが、今日の日本のデザインが直面するハードルのひとつであると私も捉えています。

それにしても光っているのは、上勝町のおばあちゃんビジネスの成功でも、おばあちゃんと自然林をつなぎ、それを見事なビジネスに仕上げたひとりの経営者の存在です。当初は農協職員で現在は(株)いろどりの社長の横石知二さん。
やはり人材が鍵ですね。
太郎吉蔵デザイン会議の目的は、パネリストが本音で自分自身の悩みや壁を語り合うことです。本音で語り合うことが少な過ぎました。
ほとんどの会議は自慢大会でしかありませんでした。
これからは、悩みを語り合い、理解を深め合い、高い志を共有しながら、日本のデザインシーンを変えることが重要です。
パネリストの皆さんにはその行動が期待されています。



佐藤卓
グラフィック
デザイナー
2008.8.10

佐藤卓です。
滝川での会議の前に、ローカルというテーマで様々な「点」をまず
いっぱい打つという意味で再度お話させていただきます。

地方に行くとよく耳にして、憤りを覚えることがあります。
それは、競合プレゼンテーションの参加フィーは出ないという事実です。
企業や役所から発注された「仕事」にも関わらず、競合に破れればタダ働き。
いままでいろいろな地域に足を運んでいますが、地方ではどうもあたりまえのようなのです。プレゼンテーションのために準備する人件費や実費などいっさい出ない。それでも指名されれば仕事のチャンスでもありますから、黙って多くのデザイナーが参加しなければならない。こんなことがまかり通っていていいのでしょうか?
そのような立場に居られる彼らが、声に出してなかなか発言しにくい環境がよく分かります。予算が無ければ丁寧にデザイナーを決めてから発注すればいいと思うのですが、どのようなデザイナーが居るのかも勉強しないまま担当者が手抜きで代理店に競合を組ませたりするのでしょう。
デザインが経済に寄り過ぎているどころか、デザイナーを侮辱していると思えるようなことが実際に起こっています。
これではデザイナーも育たない。
優秀な人材がどんどん他に流れていくでしょう。

この会議では、このような地元の問題なども発言し、「世界における日本」の問題を話し合う一方で、今の日本の現状を明らかにして、少しでもいい環境を整えて行くための発言の場としても活かせないものかと思います。


西沢立衛
建築家
2008.8.14

こんにちは、西沢立衛と申します。発言が大幅に遅れてしまい、たいへん申し訳ありません。非常に興味深い議論で、いろいろ考えさせられ、また楽しく読ませていただいております。「ローカルとデザイン」というテーマは、非常に本質的なテーマだと感じました。
建築の設計をやっていると、つくづく自分がローカルな人間で、ものの考え方も、作っている建物も、地域の文化に支えられているんだなと痛感します。でもそういうことはどちらかというと、自分で痛感するというよりは、むしろフランス人とか中国人とか、別の地域文化の人間からそれを指摘されて、意識しはじめることが多いように思います。他の言語圏の人間から見たときに、自分がやっていることがいかに特定の地域文化や言語に立脚しているかがはっきりして、それを教えられますし、彼らの視点によって、ローカルの魅力や個性がよりはっきりするようにも思います。その意味でもローカルとその外というのは、どちらも重要な概念であるように感じています。また、デザインという領域はどこかで、ローカルとその外の両方に触れるものであるように思えます。たとえば建築設計の場合は、特定の地域や環境・文化に根ざして作られながら、同時に他言語・文化の人間にも届くようななにかを作り出そうとしています。
その意味でも、ローカルとデザインという問題は、自分が普段設計で感じている可能性とか困難とかをたいへん的確に示しているテーマであるように、感じています。
なにか走り書きになってしまい、たいへん申しわけありません、直接お会いして議論できることを楽しみにしております。



西山浩平
デザイン
プロデューサー
2008.8.26

西山浩平と申します。

「本当に考えていることを共有する」のが、今回の会議の趣旨であるので、
「まだ、自分の中に答えのない問い」であるのを自覚しながら、
発言させていただきます。

私は、サラリーマンです。厳密に言えば違うのですが、
毎月お給料をいただいて生活をしているという意味では、
サラリーマンといっても差支えがないと思います。

サラリーマンは戦後の社会が生んだ、生活を安定させる非常に優れたライフスタイル
だと思います。

サラリーマンゆえの悲哀があるのも事実です。
ですが、ここまで普及しているのは、多くの人がこのような生き方を支持するからこそ、
であるのは否めない事実だと思います。

今回の会議にこられる多くの方も、お給料をもらう生活をされているのだと思います。
もちろんそうでない方も、いらっしゃいますでしょうが、会議では一緒に
サラリーをもらうライフスタイルとは何か?について話合いができたらと思うのです。

ことさら、デザインに関わるものであればこそ、です。

あるときから、私のなかに、小さな違和感が生まれました。

それは、「時間」という役務の提供に対して、サラリーが提供される社会に生きていることから生じていました。

サラリーマンというライフスタイルの中では、長く働いたほうがより、たくさんお金をもらえる、しかし、今の社会は65歳になったら、定年を迎えさせられて、お金がもらえなくなるようになっている。
他方で、デザインを生み出す仕事は、定年に関係なく(むしろ才能や、友人や、理解者の多さによって)年齢とは関係なく価値を生み出せる。どれだけ、その仕事が多くの人をハッピーにできたか、支払われる対価が変わってくる。

であるなら、より多く対価が払われる可能性が多い、非サラリーマンのライフスタイルを選択しない人が多いのはなぜなんだろう。

お金のために働いていないから。 これは、一つの答えだと思います。
しかし、もしお金ではなかったとしても、定年になると、その人が提供できる価値は、
突然減ってしまうものなのでしょうか?

私は違うと思います。

自分の父親に限らず、これまでお客さんだった方が、どんどん定年退職され、
それまで、バリバリ一線で働かれていた面々が、突然、色あせ、社会で役割をなくしていくさまをみると何か違和感を覚えざるを得ません。

では、何ができるのか?

起業、は一つの選択肢でしょう。結婚して主婦(夫)になる、これができる人はラッキーです。
でも、もっと何かないのか? この問いに対して私は、自分自身の人生をささげて
答えとなるライフスタイルを提示したいと思っているのですが、
しかし、残念ながら、まだ、これといった答えは見つかっていません。

ただ、一つヒントがみつかりました。

かつての文豪がもらっていた印税。
印税生活にあこがれているといったら、ちょっとニュアンスが違いますが、
いわゆるロイヤリティという対価の考え方に、可能性を感じています。

ロイヤリティマン。 こんなライフスタイルがあってもよいとおもいます。

そのような可能性を多く、秘めているのがデザイナーの皆さんと
そして、近い業界にいらっしゃる皆さんと、このようなことについて
話し合えたらいいなあ、と 私は思っています。



西山浩平
デザイン
プロデューサー
2008.8.29

あらためて会議の内容を上から読んで
次のようなことが頭をよぎりました。

佐藤卓さんの、デザインの対価というはなし、
原研哉さんの去年のローカルの対極としての
グローバルとマネーのはなしにからめて、話が展開したいです。

デザインに何ができるかを問うのではなく、
自分たちが何をデザインできるか?

なんだか、政治家みたいな発言ですけれど、
そういう、青臭い話を、皆さんとしたいです。

仕組みとか、制度とか、当たり前のように享受している
サービスや、環境を主体的にどう変えていくのか?

どう変えていくべきかという、議論ではなくて、
私はこうしたい、という宣言につながるといいなあと思います。



五十嵐威暢
進行役
2008.8.29

西山さんの指摘は、時間と能力と報酬の問題を問い直して、
新しいライフスタイルをデザインすることのようです。
ロイヤリティマンって、面白いネーミングですね。

パネリストの発言がこれで出揃いました。
9月6日の議論が楽しみです。それでは皆さま、太郎吉蔵でお会いしましょう。