デザイン会議のメンバーの皆さん、初めまして。
中村好文です。
この度、五十嵐さんからこの会議のお誘いを受け、久しぶりに太郎吉蔵に行けるいい機会だと、
会議のことなどあまり深く考えもせず「うっかり」お引き受けしてしまいました。
じつは、会議の方は末席に座らせていただき、皆さんのお考えを拝聴できれば、
いい勉強になるだろうぐらいに考えて参加させていただくことにしたのでした。
まさか、事前に「メール会議」があるなんて思ってもみませんでしたが、
こちらも末席でひっそりと皆さんのご意見を読ませていただくつもりでおりました。
ところがそのような消極的な態度を進行役の五十嵐さんが見逃してくれるはずはありません。
「ナカムラ、そこで居眠りしていないで、そろそろ発言せよ!」の指名がありました。
あ、ゴメンナサイ!、貴重な発言メールが次々と送られてくる中、ついウトウトしていました。
さて。
私は日本全国津々浦々で住宅設計の仕事をしておりますので、今回のテーマの
「ローカルとデザイン」という言葉に対しては思うところがあってしかるべきだと思います。
しかしながら、職人的人間の悲しさ、ものごとを深く掘り下げて考える習慣がなく、
(・・・と書いたら職人衆に叱られてしまいますね、職人の皆さんごめんなさい!
このメールはなんだかいいわけとお詫びばかりだなあ)いつも場当たり的に仕事をしてまいりました。
そんなわけで、突然このような深遠なテーマをいきなり突きつけられると、
グッと言葉に詰まってしまいます。
会議までにメンバーの皆さんの間で取り交わされる活発な意見交換を読ませて
いただくうちに、自分の中で惰眠をむさぼっている「問題意識」が覚醒させられ、
意見のようなモノも出てくるかも知れないと思って、これまでのやりとりを遠巻き
に見学させていただいたような次第です。
本来このメール会議の目的のひとつは、会議に向けてのウォーミングアップの意味
あいもあるものと思いますので、そういう意味では私のような人間にとっては誠に
ありがたい配慮だと感謝しています。
メール会議を発案してくださった五十嵐さん、ありがとうございます。
というわけで、序盤戦の「メール会議」、滝川での「本会議」におけるメンバーの
皆さんの貴重なご意見と有意義な討議を今からとても楽しみにしています。
中村好文
【追記】
7月27日の奥村文絵さんの発言には、大いに心動かされました。
できるものなら、私も「会議のメンバー」からその「賄いのメンバー」の方に移ら
せていただきたいと本気で考えております。
ふだんから台所仕事が大好きなので、割烹着姿の奥村さんの背後で、下ごしらえしたり、
皿洗いしたり、手となり足となり、きっと有能なアシスタントになれることと思います。
奥村さん、一生懸命やりますので、よろしくお願いいたします。
どうしてそのようなことを考えたかと言うと、奥村さんのメールの中の・・・
「忘れられない味があります。
九州の小さな山の入口にあるギャラリーで、漆作家さんが個展初日を迎えた夜でした。
オープニングパーティに差し入れられた色とりどりの漬け物。
作り手である近所のおばあちゃんの周りには大きなひとの輪が出来ていました。
彼女が育てた人参、茄子、きゅうり、みょうが、大根、瓜を
長年養ってきた糠床で漬けたお新香は、発酵が手伝ってどれも色が深まり、
大きな漆皿のなかでツヤツヤと輝き、まるで命そのもので、
食べやすく均等に切りそろえられた姿はすがすがとしていました。
自然は美しい。けれど手数をふんで生まれた聖には別の感動がありました。」
という冒頭の一文を読んで、胸の中に涼風が吹き抜けていくような爽やかな思いを味わったからです。
地元で取れた野菜の漬け物、その色とりどりの漬け物を、それにふさわしい漆皿に美しく盛りつける。
このことこそ「ローカルとデザイン」の融合の理想的な例のひとつだと、私は思うのです。
穏やかな日々の暮らしの中に「ローカリティ」のことも「デザイン」のことも
自然に溶け込んでいく・・・机上の理屈ではなく、足がしっかり地に着いた実践として。
「なあんだ、私もこういうことを目指していたんだ」と、はっきり気づかせてもらえました。
奥村文絵さん、ありがとうございます。 |