パネリスト及び基調講演者から寄せられた感想文
- 飯田善彦
建築家 - 五十嵐 淳
建築家 - 五十嵐威暢
アーティスト - 梅原 真
デザイナー - 奥村文絵
フードディレクター - 斉藤浩二
ランドスケープアーキテクト - 佐藤 卓
グラフィックデザイナー - 西山浩平
デザインプロデューサー - 柴田文江
インダストリアルデザイナー - 堀 安規良
北菓楼代表取締役社長 - 金道泰幸
湯の浜ホテル
今回の大震災でとにかく愕然としたのは、津波によって全てが流された光景でした。仕事柄建築に対し、地震で壊れる、火事で消失する、そこまでは想像し無意識に対峙していますが、波に浚われ、建築のみならずそこに依拠する生活まで何もかも無くなるところまでは全く想像しえなかったことです。建築はモノであることを強烈に自覚させられました。一方、建築は生活を全面的に引き受けていることも改めて認識しました。モノである限り流されたら皆一緒、であるにもかかわらず何故建築をデザインするのか、大災害が起こる、その破壊力の前でデザインは無力ではないのか。僕が出した答えの一つは、そのようなモノであるからこそデザインが必要なのだ、というものです。生活は建築によって成り立っている。というより、誤解を恐れず言えば私たちが営んでいる生活と建築はイコールであって、その文脈で言うと建築はこれからも営むべき生活そのものであり、新しい時代をどう生きるか、これこそが私たちが問われている建築のデザインなのだ、という強い意識を覚えました。建築は容易に都市と読み替えられます。
アウトプットは様々ですが、おそらく会議に集まった皆さんはそれぞれの立場で改めてデザインの有効性、これからの社会に向かう戦略性を自覚的に組み立てる意思を互いに再確認されているように感じました。非常に頼もしい印象を覚えています。できたら、半年後くらいにまた集まれる機会、太郎吉蔵デザイン会議番外編でも作って頂けるとうれしい、と思っています。
もうひとつ、「かぜのび」で伺ったご意見は押し並べてとても好意的なものでした。僕は、五十嵐さんや藤島さんの活動の舞台をかたちにしただけですが、本番はこれからです。是非皆さんの周辺に話を拡げてください。また、あの場所の使い方の提案などを含めて積極的に関わって頂けると幸いです。今後ともよろしくお願いいたします。
2011年8月31日
「デザイン会議に参加して」
震災後の会議は、正直、気持ち的にシンドイと考えていた。それはやはり震災が主題になるであろうと想像したから。
色々な建築関係のメディアで、震災関係の緊急特集などの企画が続き、それぞれに疑問を抱きながらも、逃げるのは良くないと思い参加してきた。
今回の滝川も、始めは憂鬱な気持ちになった。
しかし逃げたくないので参加した。
震災について膨大に思うことはあるものの、どれも妄想の中での勝手な考えであり、現実を考えると、被災者に申し訳ない気持ちが勝ってしまい、虚しさが先行した。
しかし会議に参加し、素晴らしい方達と対話する中で、僕自身の妄想が言葉になって整理されていく感覚になった。
この整理された感覚が直接的に、被災者の役に立つ訳ではない。
しかし思考を放棄しては未来を作り出せない。
対話の大切さ。
諦めないこと。
そんなことを実感させてもらえた会議でした。
2011年8月31日
アートフェスタ空知2011を終えて
今回はアートフェスタとしては2回目、太郎吉蔵デザイン会議としては4回目、五十嵐アート塾としては25回目のイベントでした。
運営する側も、参加する側も、パネリストも、それぞれ経験の効果が現れたと思います。会議での議論が動き出した感じです。
まずは、この機会に裏方さんの紹介をさせていただきます。
現地の準備の核となったのは、伊藤和博さん、山崎修さん、高橋満さん、藤島保志さん、山岸正美さんでした。当日の運営の中心は、NPOアートチャレンジ滝川と(社)風の美術館のメンバーです。飲食のディレクションは奥村文絵さん。hotel miura kaenの三浦泰明さんと森さん、毎回のことですが、バー・ブラジルの佐藤栄一郎さんがよく応えてくれました。事務局は羽田麻子と岡野祥子さんが今回も大活躍でした。
そして、何よりも嬉しかったのは、多くのリピーターです。道外からの参加者が60%だったことは驚きでした。
参加者(専門家に限らず、一般の方々も)のレベルが高いことが目標だった太郎吉蔵デザイン会議ですが、さらに目標に近づいたと感じています。パネリストが素晴らしいだけでなく、参加者が素晴らしいことで太郎吉蔵デザイン会議は、大げさに言えば、大会議になると考えます。
このような会議のヒントを僕に与えてくれたふたつの会議があります。
ひとつはアスペンデザイン会議。CBSの名アートディレクター、ルー・ドルフスマン氏、映画タイトルの数々の傑作を残したソウル・バス氏、米国グラフィックデザイン界の大御所、アイバン・シャマイエフ氏の3人の大先輩に、80年代にアスペンで親しくアドバイスを受けました。もうひとつは90年代のTED会議です。創立者はリチャード・ソウル・ワーマン氏。僕もお手伝いして全10回、10年で終了しましたが、(現在も後輩たちが引き継いで会議が行われています)この会議の運営方法の影響をいくらか受けた太郎吉蔵デザイン会議です。
大迫修三さんの司会に対してパネリストが真摯に賢く語ったと思います。中でも、持ち帰っていただく一言は良いおみやげになったことでしょう。
議論(理想)と日常の仕事(現実)のギャップを埋めるにはどうしたら良いのか等、会議の中身の問題はこれからも問われ続けることでしょう。発言の内容については、パネリストの方々のコメントに詳しいことでしょうから、省きます。
参加された皆さまには、次回もぜひ参加していただいて、この希有な会議を皆さんの力でさらに育てていただきたい。全員でつくる会議にしたいと考えています。太郎吉蔵で来年も活発な議論(言葉)と新鮮な交流(驚き)とかけがえのない楽しい時間(豊かさ)の共有を期待しています。
2011年8月17日
デザインに何ができるのか?
デザインは笑いをつくることができる 。
笑いはコミュニケーションである。
コミュニケーションは産業を作る。
農業・林業・漁業にデザインをかけあわせて
新しい産業を作ってみる。
新沼謙治のようなデザイン?が目標。
経済を価値観の中心におくならば
私の住む高知は一生シアワセではない。
経済47番目、それは、オリジナリティだと考える。
47番目の国から明快なあたらしいメッセージを!
ないものはない。
げんぱつにげんこつ。
2011年9月6日
たべる、はきわめて日常的で普遍的な営みで、おいしい、は私的な経験値です。
太郎吉蔵デザイン会議の賄い係としては、参加者の「おいしい」ランプを光らせるボタンがどのあたりに隠れているのか、気にならないわけがありません。けれどもリストを拝見すれば、じつに多様な人生経験が伺えます。そこでみなさんのボタンを探すのはやめよう、と決めました。北海道の食の達人、協力してくださる調理•サービスのスタッフの得意を精一杯お伝えすることに徹することにしたのです。ところが、いざスタートしてみると、暮らしも風土も違う滝川のスタッフと、おいしい、を共有するのは予想以上に難しいことです。遠洋で揚がった「北海道っぽい」魚貝、「東京っぽい」料理、素材の味を隠してしまう「手間ひまかけた」調味料をやめよう。旬の素材を一番おいしく食べてもらおう。準備となると、毎年試作品と写真、そしてコメントが東京と北海道の間を何度も行き来してきました。
4回目の開催となった今年、大きな変化がありました。「お客様がどんな味を期待しているのか」について、説明が要らなくなりました。北海道らしさ。旬。そして逸品たる料理哲学。お客様が求めているおいしい、とはつまりこんな味ですよね、と滝川のスタッフが投げかけてくれたのです。誠実なパンやチーズ、野菜などの食材はもとより、素材の味を活かした料理のあれこれは昨年より洗練され、おいしい、に磨きがかかっていました。4年前のウェルカムパーティで、茹でたてのアスパラガスを宝石のように喜ぶ会場に驚いていた滝川に、おいしい、のグローバリゼーションは起きているのです。
パネリストとしても2回目の参加となった今年。「本当の問題」を自分の言葉で語れたかどうか。ディレクターとしてものをつくる人(=デザイナー)とつかう人(=企業や消費者)の間に立つ私は、パネリストと聴衆の間で「本当の問題」を語ろうと席につきましたが、果たしてその目標に届いたのか、消化不良は否めなせん。けれども、太郎吉蔵デザイン会議によって穿たれた人は「本当の問題」を恐れず、自らの変化を確認する場所を手に入れたはずです。
名バーテンダー佐藤栄市郎さんの秀逸なカクテルで開けた幕を、なにで引こうか。じつはフェアウェルパーティで用意したランチボックスは、最後の最後まで悩みました。そのとき参加者の心地はどこにあるだろう。結局、会議前日に滝川駅前の寂れた風景を見て、「滝川、空知の味のリレー」と決めました。地元のパン屋「あろあ」からサンドウィッチの材料を預かり、hotel miura kaenがボックスのサイズに合わせて最終仕上げ、ポテトフライとともに詰めてくれました。シードルは増毛の夫婦ふたりがつくる限定品。そして滝川の特産りんご。りんごの枝を農家さんに交渉し、ボックスをくくる麻ひもの太さを当日の朝まで検証し続けてくれたhotel miura kaenの森さんは、会議終了後「最高にスリリングで、最高に楽しかった」と、とびきりの笑顔をお土産にくれました。
90名近い人たちが滝川に集まり、語り、飲み食い、そして考える。かたく閉じきった滝川駅前商店街のシャッターを再び持ち上げることは容易ではありませんが、経験を共にすることで開かれた意識は、変化への原動力となることを、私はすぐ傍で感じています。だからこそ、この会議の継続を願って止みません。
末筆となりましたが、今回、私の全てのオーダーに一度も「No」を言わずに協力してくれた森さんを始め、ご協力いただきました全ての皆様に心からお礼を申し上げます。
2011年9月2日
面白かった。北海道民の私にとっても、滝川の3日間はゆったりして、刺激的で、濃密だった。この場を用意し、支えて下さった方たちに感謝したい。
「正しい風景は儲けられる」・・ 私のお土産言葉は、唐突だったし意味が伝わらなかったかもしれない。会議中の柴田さんの「儲けることが大切」という意見に繋いだつもりだったが、「正しい風景は生きられる」の方が良かったか。私は、地域の特性の正直な表出、すなわち正しい風景は人の心と体を救うんだ、と言いたかった。
自然には成りたがっている姿があり、人間には作りたい自然の姿がある。その場所にふさわしい自然と人間のバランスを図って、人間のふるまい方を考え、あるべき方向へ向かわせる作業がランドスケープデザインの仕事である。風土に正直な風景は、すべて美しい風景になる。美しい風景は生命を守り、心を癒し、人を引きつけ、経済を生む。むやみに人工的なものを作る前に、素直な眼力を持つことの方が大切だ。地域の自然や日々の暮らしや成りわいの中に必ず正しい風景づくりの手がかりがある。それを頼りに時間をかけて磨き上げていけばいい。何気ない地域の様相からその手がかりや視点を見つけ出し、それを言葉や絵にして「ほら、これだよね」と地域の人たちに差し出すことがデザインやアートの存在意義だと、私は思っている。
五十嵐威暢さんとコラボレーションした公園デザイン以来、自分の故郷ではない滝川のまちづくりに何故入れ込むのか。滝川には美しい風景がある反面、素晴らしい風景資源を沢山無駄にしている。それを活かしてまちを美しく活気づける手がかりは見えていて、そのことを五十嵐さんとともに繰り返し言って来た。状況はなかなか変わらないが、滝川の問題は北海道のみならず地方のまちのどこにもあることだから、ここでしばらく頑張って、小さくてもひとつのモデルを作りたいのだ。どうやって風穴を開けるか、まちの風景がいつどう変わって行くか、A.C.T.に関わることの楽しみも苦しみも大きいものがある。
パネルディスカッションは9人のパネラーだったからトリプル鼎談である。こんな大勢の顔ぶれでの議論は初めてだった。自分の話したいことと他のパネラーの様々な発言と、どこでどう噛み合せるか、難しかった。少ない脳みそをフル回転していたが、適切な意見を言えたかどうか不安だ。でも私はこれから頻繁にこの会議や夜の宴会の場面を思い出し、皆さんの話を反芻する。それは私だけでなく、他のパネラーも参加した皆さんもきっとそうすることだろう。そのことだけで太郎吉蔵デザイン会議は大変意味のある集まりだった、と言えると思う。
2011年7月28日
2011年7月の会議を終えて
今年は東北大震災のあった年で、今では語るまでもなく、それが日常生活すべての物事に対して、このままで本当にいいのだろうかと問い直すきっかけを与えてくれた。普段、仕事の内容が異なる者同士が、遠く離れた地・滝川で、その日の帰宅の心配もせず語り合う場の有り難さを、今年は改めて感じることができた。今、ソマリアに飢饉のように飲む水すらない人達が世界には大勢いる。そんなことを想うと、飛行機に乗ってタオルの付いたホテルに泊まって、美味しい食事をいただき、気持ちのいい牧場を散歩するこのことすら、なんと幸せなことであろうか。デザインは、すでに幸福な人達のためだけにあるのだろうか?本来そんなことであってはならないはずである。自分もそういう現代社会にあやかっている身として、全てを否定するような極論を申し上げるつもりはさらさらないが、このような本当に大切なことを考えるリセットする場として、太郎吉藏という場は自分にとって特別な場になりつつある。
この会議は、話す人も聞く人も、もともと自分のために参加するという大前提がある。自分のために参加して、自分が何を持って帰れるかということである。それはなんでもかまわない。聴衆のために演説する必要もなければ、自分のデザイン観を啓蒙する必要もない。テーマに基づいてただ各自本当に思っていることを呟いて、お互いの呟きに耳を傾けて、持って帰れるものがあれば持って帰るという場である。結論を出す必要もない。会議の最中に気付くこともあれば、地元に帰ってから、ふと会議に出た言葉を思い出して自分なりに読み解くこともあるだろう。2日間で数時間の会議だが、大切なことを考えるためのスイッチとして考えれば、この会議の役割が見えてくるようである。
だから、参加する人達は、「何かを持って帰るぞ」という気概に溢れた人達なので、会場の雰囲気がとてもいい。そして人生前向きな人が多いように思う。
会議前半の、菓子メーカー社長のお話と旅館運営についてのプレゼンテーションも、ただ現状を素直にお話されていてとてもよかった。そして、今年は司会が入って会議がとてもフェアーになった気がする。小さな呟きの中に、とても大切な言葉が潜んでいることがあるから、今後この会議はそういうものを丁寧に拾い上げる場であり続けてほしいと思った。
2011年9月5日
みんなで羊を飼って、
牧草地をデザインしよう
2011年の日本における『本当の問題』
『絶対の正義』が存在しないように、『本当の問題』というものも存在しない。立場によって、答えが異なるからだ。しかし、だからこそ『本当の問題』という今年のデザイン会議のテーマは、議論してみる価値がある。逆説的だが議論をすることで、それぞれの立場が浮かび上がってくるからだ。めいめいが『本当の問題』を考えることで、震災が起こった2011年の日本に住むわれわれがどこにいて、どこに向かうべきかが浮かびあがってくる。
今回、議論は大筋では『資本主義の中にあって、どうやって環境など、社会が共有している大事な資源=コモンズを守るのか』をめぐって展開していったように思う。そしてこうした、話し合いの中で、社会に存在する共有の資源を使うわれわれ個人は、どういった当事者意識をもって社会に参加していくべきか、ということを結果的に議論した。
もし、われわれが牧夫だったら
ここに共有の牧草地があったと仮定しよう。牧夫がそれぞれ、勝手に羊を放牧すると共有牧草地はどうなるだろうか? 答えは、人によって二通りに分かれる。 ひとつめは、過放牧となり、やがて牧草地は早晩荒れてなくなるという見方だ。もうひとつの見方をとる人は、牧草地が消失してはそれぞれの牧夫は生計を立てられなくなるので、お互いを譲る創意工夫が始まり、牧草地を維持されていくだろうと考える。
今回、出席者の多くは、行き過ぎた資本主義の結果、牧夫は牧草地を荒れさせ、大切な環境や、価値を損なわせていると、考えていた。しかし、歴史的に振り返ってみると、時代によって牧草地の成り立ちが違うということが明らかになり、これまでは、共有の牧草地は、そもそも存在しなかったということが明らかになっていった。
お金持ちが牧草地を所有して放牧の事業を独占する場合、共有の資源、つまりコモンズは成立しない。なぜなら、牧夫は、お金持ちに雇われており、労働に見合った給料は保証されているからだ。
つまり強い政府の下に暮らす市民は支払った税金の使用使途を政府にお任せでいても一定の利益は享受できるので、コモンズについて考える必要はない。戦後の日本は、まさに強い政府と高度の経済成長が相まって、雇われ牧夫的な発想でいても生活を守ることができた。
しかし経済成長が鈍化し、今日のような混迷する政府の下で生活するわれわれは過去のように過ごすことが困難になってきた。このままでいるとジリ貧になるのではないかという予感を皆が共有し始めている。時代が変わりつつあるさなかに、弱い政府の下、そして低成長時代にあって、牧夫は、雇われているだけでは、食べていけなくなりつつあることを、肌で感じている。
デザイン会議では、どうやったら政府におんぶに抱っこだった状態から、今後は政府に頼らずに自分たちで将来の生活を守れるか、という論旨で議論が展開していった。そしてめいめいが雇われ牧夫ではなく羊を飼い始めることで独立した牧夫になって始めて、共有の牧草地をどうしたらデザインできるかが、話し合えるようになることを確認しあった。
まず、羊を飼おう
われわれ個人は、牧夫として放牧の事業を理解し、わずかであっても事業に回せる資本を蓄えられたとき、初めて羊が所有できるようになり、共有の牧草地=コモンズを成立する条件を整えられる。起業家精神のある牧夫が増えて、放牧を少ない資本で始めたい人口が増えないと、コモンズとしての共有牧草地は成立しない。これが事実だとすれば、国を取り巻く現状を、市民として、大局観をもって理解し、納税者として税金の使い道について注文をつけてコモンズを維持していかないと、われわれの将来を守ってくれる社会的な環境を作り出せない。
われわれを取り巻く社会の問題を議論するとき、それぞれが社会問題に対して利害関係者としてオーナーシップを持たないと、議論は空回りする。「政府が何とかしてくれるさ、」という、雇われサラリーマン的な立場をすてなければならない。議論に参加するにも資格が要るのである。
空想政治家というキーワードがでてきたときは、残念ながら話の中身はこの粋を出ていなかったかもしれない。しかし、会議のさなかのあるとき、ライバル関係にあるものが主観を交えた議論をもって参加するようになった。このあたりを転機に議論はかみ合い始め、論旨は深まった。そして、そのとき、本質に触れる何がきらりと光って見えたような気にわれわれをさせてくれた。
ライバル同士にあるにも関わらず共通のプラットフォームを利用する状況は、何も珍しいことではない。漁港を利用する漁師たちは、限られた魚をとり過ぎないように気を付けつつ、同時に自分の稼ぎを最大化しなければならない、観光地で開業をする旅館は、景観を破壊しないように気をつけながら、キャパシティを拡大して売り上げを拡大しなければならない、水源を共有する農家などは豊かな水質の損ねないようにお互いに融通しながら、農作物に十分な栄養と水を与えて収穫率を上げなければならない。景観や観光をビジネスにしている参加者からは、このままでは、共有の牧草地がなくなるので、ライバル同士が結束して自らの営みを制限してでも守るべきものを、守りたいと、コメントが出された。この会話がなされたとき、会場でもうなずく人が多かったように思う。牧夫が共同牧草地=コモンズを作り出すべきだと主張するようなリアリティがあった。
そして、共同牧草地をデザインしよう
震災を受けた日本、高齢化が進む日本、経済成長が鈍化する日本、国際社会において相対的な発言力を失いつつある日本というのが、今の日本の現状だ。日本という国家も、われわれ全員が関係する共同牧草地=コモンズだ。国家をどう、デザインしていくかという議論は、あまりにも捉えどころのという切り口に聞こえるが、身近なコモンズについての議論を経た後だからこそ、身近に感じられる議論も交わすことができた。
建築家の視点にたって、交わされた一連のやりとりは印象に残るものとなった。そこでは、日本という立地やコンテキストを読み解いて解を導き出す展開がなされた。そして、そうした議論の順番を経た結果、大きなトピックスにも自然と入っていけた。
幸いにして、日本に住むわれわれは数十年にわたって平和な時代を享受することができた。こうした歴史観を伴うコンテキストからの視点は、原発による被害や、風評被害がもたらす日本ブランドの劣化について議論する際の共通の前提としての認識を持たせてくれた。
新たになにか作るのでは無く、すでに与えられたものをどうやって維持し活用するということが大事だという話は、先の旅館や観光資源の話を経て、スムースに話を展開することができた。国政が迷走する中、国や大資本が作り上げてきた牧草地を、われわれは主体的な意思をもった牧夫として、どう共同牧草地としてリデザインできるか、この考えは、このようなプロセスから生まれてきた。
今日の日本に住むわれわれが享受をうけているさまざまなコモンズは、うまく利用することで、ユーザーのみならず、メーカーを含む企業みんなにとって活用しがいのある機会をもたらすことができる。一方で際限なく乱用するとコモンズそのものが消失してしまう可能性もある。利用者が自律性をもって、自然に『足るを知る』状況を作り出すことが大切だというまとめのコメントに会議の参加者の多くが大きくうなずいたように思えた。
立場が異なっても共同の牧草地は利用できる
牧夫が、最初は一頭の羊で放牧を始めるように、市民が大きな問題を語り始めるとき、持ち寄る問題意識は小さくてもよい。要は当事者になることだとおもう。メーカー、ユーザー、デザイナー、立場はそれぞれでよい。先祖から受け継いだ国という共通の資源をどうやって残して、個人としてさらに生活のレベルを大きくするかという内容なので利害関係者であったほうが、参加者にもメリットがあるというものだ。
今年のデザイン会議は、まずまずのレベルの議論ができたのではないだろうか。毎年繰り返し大きなテーマについて話し合った結果、こういった大切な前提を皆が共有し始めた証拠だ。
実にいいことだと思う。
2011年8月5日
空知という場所がくれる大らかな空気にすっかりこころをほぐされた三日間でした。はじめて参加させていただきましたが、皆さんがそれぞれのやり方で日々問題と格闘している姿を垣間みることができ、何か勇気というか希望のようなモノをもらって帰ることができました。そういえば、空知にお誘いいただいた時のメールには自分のための議論をしてくださいとあったもので、私はいつも探している「つくる意味」についてヒントを見つけたいと思って臨んだのです。もちろんすぐに見つかるはずは無いのですが、それを探し続けるためのパワーを皆さんから少し分けてもらえたように感じました。
セッションでは共通の意識が関連性をもちつつも混じりあうことが難しかったのですが、同じモノを見ながらも全く別の画像として捕らえる他者のアングルにすんなりと身を置くことができたことはちょっとした驚きでした。壇上にいながら議論というコントラストのある構図ではなく、和音のような関係性の中で考えを巡らせられたことはあの場の力がなせる技だったのでしょう。
デザインはこれまでどこか「理想だけを唱える青二才」のような扱いを受けてきていて、またデザイナーもその庇護されたイメージの範疇で活動していたように感じます。しかし私たちの暮らしが突如破壊されるやもしれない危機感の中では、デザインはその真価を問われるいわばようやく大人扱いをされる立場になりました。ですから、いま日本が抱える最大のピンチはデザインの大きなチャンスと置換えて考えようと思います。それによって私自身もかじかんでいた手が自由に動き出すように感じます。
目の前に置かれた問題はあまりに複雑で解決の糸口は互いに絡まりあう厳しい状況にありますが、それに立ち向かって行く大勢の仲間がいることの喜びと、デザインがそれに挑み続ける力をもっていることを実感する機会となりました。夏の空知の爽やかな風を感じて、人が人らしく生きることにデザインは決してあきらめないのだと改めてこころに刻みました。
2011年8月31日
貴重な勉強と
なかなかお会い出来ない方々をご紹介いただき感謝しております。
2011年8月29日
初めての太郎吉蔵デザイン会議を終えて
太郎吉蔵ではデザインに携わり世の中に挑戦しているたくさんの方々に出会い、
たくさんの参考になる言葉をいただきました。
函館での旅館の仕事に戻り、やるべきことがわからなくなると、太郎吉蔵で書き留めたノートのメモを見て、あの場所の空気と、これから自分がやると決めたことを思い出します。いただいた言葉の中から、五十嵐淳さんがおっしゃっていた
「時代に淘汰されない旅館の本質的な価値とは何か。」「人類はその場所になぜ行くのか、そこでできるベストな生活をどう作るか。」この2点は常に意識し考えていようと思います。北菓楼の堀社長がおっしゃっていた「苦しいときは上り坂。」失敗を恐れず、しかし慎重に日々の細かな改善を行っていきます。
会議のメインテーマである「本当の問題」については、これこそがという結論には至りませんでしたが、何が「本当の問題」なのか考え続けるきっかけをいただきました。この先、何をするときにもずっと忘れられない言葉です。梅原さんのおっしゃっていた「図工デ」の授業、小学生のときから授業でデザインを考えることに賛成です。デザインは問題解決の考え方で、何が本当に解決されるべき問題か、という基礎をみんなで共有できたら、世の中の仕組みがよりよく考え直されていくことにつながると思います。
2011年8月31日
参加した方々から寄せられた感想文
事務局に届いた順に上から掲載しています。
菅野信子アルバイト/岩手県
アートフェスタ空知では大変お世話になりました。
デザインには程遠い生活をしていると思っていましたが、
自分はありとあらゆるデザインの中で生きていて、
その陰にデザイナーの皆さんの努力があるのだとつくづく感じました。
ある意味、人生は自分でデザインしていくもののようにも感じました。
貴重なお話を伺うことができ、とてもためになる三日間でした。
本当に、本当に、本当に、ありがとうございました。
2011年7月19日
三枝史子コピーライター/北海道
太郎吉蔵デザイン会議も4回目となると、そのシステムも内容も進化していくものですね。これまでに3回参加させていただきましたが、ことしはパネリストの方々の言葉や思いが漠然とではなくビシッと響いてきて、とても気持ちのいいものでした。
とくに印象に残ったのは梅原さんが提案された「図工デ」。とてもいいです。大賛成!「デ」は、ものをつくる、ことをおこす、という行為の根本になるもので、なぜそうなったかきちんと理由があり、説明できるものです。同じ道具でもアイデアがあるものとないもの、あるほうがいいにきまっているじゃないか。と、ここまでは理解しているつもりですが、一方で思うのです。デザインがなくても生きていける。デザインとはおよそ無縁のところで生活している人もたくさんいる。
では、デザインの大切さを人に伝えるとき、いちばんの説得力ってなんだろう。もちろん、ふだんはこんなことを考えながら生きてはおりません。が、ほの暗い太郎吉蔵のあのムードに呑まれると、自分もなにか発言を用意しておかねばと、内心あせるのです。もし次に、自分がマイクを向けられて「………!!」では、会場が凍りつくではないか、と。半分そんな妄想を抱きつつ、緊張しながらパネリストの発言に集中した数時間。心のなかで同意したり、反論したり、言葉を足してみたり。オーディエンスだからといって逃げることは許されないあの妙な連帯感、それが太郎吉蔵デザイン会議なのだと思います。
会議終了後に開催されたフェアウェルパーティでは、ようやく晴れた空のもとドリンクとサンドウィッチが用意され、さわやかなフィナーレとなりました。そして、帰りの車で食べずにもってきたサンドイッチの箱を開こうとして、気づいたのです。ああ、デザインの本質ってこういうことかもしれないなぁと。
白い紙のボックスには葉っぱと小枝があしらわれ、感じのいいヒモが結わえてあります。手描きの文字とパン屋さんのカード。100個もの箱に、スタッフの方々がひとつずつ手をかけてくださったのでしょう。ただの白い箱でも十分おいしすぎるサンドウィッチなのに。
人を思うということ。それがデザインするということではないでしょうか。笑ってくれるかな、よろこんでくれるかな。そうしたつくり手の気配が、人を無意識にしあわせにするのだと思います。デザインのある社会は、人が人を思う社会。自分のなかでようやく答えがひとつ、見つかった気分です。
2011年8月1日
蔵重夕佳教員(北海道旭川北高等学校)/北海道
人類は、2億年かって生成した化石燃料を、使いだしてから200年たらずで使い果たそうとしている。地球上で暮らすということは有限な世界で暮らすということ。使った分だけなくなるし、なくなった分だけゴミになっているという、当たり前のことを忘れてしまってはいないだろうか。
気が遠くなるほどの長い時間やさまざまな条件の偶然によって醸成された石油。その生成のメカニズムは解明できても人工的に製造することはできないそれは、人智を超えたさずかりものとはいえないだろうか。
限りある化石燃料に対して、エネルギーを無限(のよう)に発生させる夢のような原子力。でもそれは、処理しきれずに埋めるしかない廃棄物を生み出し、事故が起きれば手に負えない。いったん暴走すれば、これまた人智を超えるような長い長い年月を経て収束するまで、その傷は癒えない。
これからは、有限な化石燃料も夢のような原子力も使わなければ良いのだろうか。そんなことは非現実的で、この便利な世の中から200年前の生活には今さら戻れない。
私たちにできることは、なるべく資源を無駄に使わないことであり、なるべくゴミを作らないことだと思う。生きている以上、エネルギーは必要だし、ゴミは出てしまうけれど、何も考えずに浪費したり垂れ流したりせず、長く使えるものを作り、時には修理して大切に使い切ることを心がけるべきだと思う。
よく考えを練られた案は合理的で、使い勝手が良く、多くの人に便利だ。丁寧に仕上げられたものは、使い心地が良く、愛着がわく。デザイナーズマインドとクラフトマンシップ。設計者と生産者の連携が、優れた製品を産み、人々の生活を豊かにする。
(モノがなく不便だった時代とは違い、現在の豊かさとは、たくさんのモノがあふれている事ではないことは周知の事実で、今はむしろ、雑多なモノに煩わされて、それを整理することに時間を奪われ悩まされている人がいるほどで、捨て方の本が売れるくらいだ。)
マーケットを作る事が目的で次から次へと見た目だけを変えるデザインの更新。安くあげることを最優先し、原料の吟味も職人の技も必要としない生産工程。新しい事に価値があるなら長く使う気になどならないし、修理するより買った方が安いなら、だれもモノを長く使おうなんて思わない。こんな仕組みは問題外だ。
消費者は、多少値が張っても、優れた案や仕事ぶりに対価を払い、飽きのこない長持ちするモノを吟味して購入して大切に使うべきである。雑なものを使い棄てるのではなく、よく考え丁寧に作られたものを長く使うことが、良品の生産体制を維持する事につながることを意識して行動すべきである。
人類は、「もっと良くする」「もっと便利にする」と、特に産業革命以降は猛烈な勢いで突っ走ってきた。「努力すれば良くなる。」「もっと、もっと。」
いったい、どこまで「良く」なれば満足なのだろうか。そもそも何が「良い」のか。豊かさとは。幸せとは。
20世紀後半、地球環境の不可逆変化や化石燃料の枯渇に気づいてからは、ナチュラルライフ、エコロジー、スローフード…など、「進歩」に異を唱え、かつての生活の良さを見なおす人はでてきたが、どこかそれは現実離れの理想論のような風潮があり、一部のリッチな階層の特権のような感じも否定できない。多くの人はあくせく働きながら、安くて早い「お得」なことを優先せざるをえない現状がある。
本気で空気を変えてゆくなら、市井の人々の生活に浸透してこそではないだろうか。
震災後、「無力感」という言葉をたびたび聞いた。今回の会議でも、話題になっていた。そもそも人間のできることなど知れているのに、無力感とは。人間は神ではないのに。
絶対に悲劇を繰り返さないと誓って作った田老の防潮堤(私は修学旅行の研修で地元の方からお話を伺ったことがあります)が破られたことは、本当にお気の毒で、言葉には表しようがない。大切な財産や家族の命さえも失った方々には、どんな言葉をかけるべきかさえわからなくなっている。
しかし、そのこととは別として、人間にできることなど限られているのに、人間の頭で考える事には無限の広がりを持たせることができることが、「無力感」という一種の錯覚をさせているのかも知れない。無量大数まで、ひとつひとつ数えることは無理だと思うけれど、無量大数に思いをはせることはできる(そういう人もいるんじゃないかと思う)。しかし、仮にそれを量として現実に見せつけられることがあるとすれば、己の非力に気づけるのであろう。
人類は、次々と考えを実現して便利な生活を手に入れるうちに、何でも努力と工夫で克服できるような心境になり、いつしか自然の驚異を忘れてしまっていたことが、この無力感につながったのだろう。(幼児は全能感に充ち満ちている時期があるが、やがて彼らは「できな~い。て~つだって~」をおぼえ、思春期になる頃には「無理!」などと投げやりになり大人を苛つかせることさえある。それを考えると、投げやりにならずに頑張ってきた、それ以前はイケイケでmore and moreだった大人の気持ちなのだとは思うが。)
ヒトは生まれたときが絶頂期で、後は肉体は老化の一途、能力は狭まるばかりという。生後間もない赤ん坊は各国語を聞き分けているらしいが、母語の獲得の過程で、使用しない言語の特有な音声を聞き分ける能力を捨て去っているらしい。だからといって、捨て去った能力を悔やむことはなく、それと引き替えに獲得できた能力を大切に活かすことを考えれば良いのではないだろうか。
身の丈にあった生活ができれば十分ではないのか。その中に豊かさや幸福感を見いだすことは、志が低いことなのだろうか。
人間の動物としての感覚、心地よさ。ヒトが人間として発達したならではの社会性、心、想像力、生きていることの喜び、働くことの尊さ、丁寧な仕事への敬意。今だから、きれい事と言わずに素直に受け入れられるのかもしれない。
デザイナーは、エンドユーザーである市井の人々の生活を良くすることを目的に仕事すると良いデザインが産まれると思った。また、良いデザインを実現するには、良い腕の職人を育てる必要があると思った。どんなに優れたデザインのプラスティック製品を考案しても、金型職人が良い仕事をしなければ、消費者の手には届かないのだから。
会議の結論として、梅原さんが「ガキの教育」とおっしゃっていた。市井の人の意識や生活を変えるためには、未来の市民を育てる教育が肝心なのだなと、初めて気づけた気がした。デザイナーや職人も含め、未来を支える人材を育てることこそが、豊かな社会を築くための「本当の問題」だと思った。
2011年8月3日
黒須美枝アートセラピスト・アートセラピストアカデミー(有)代表/埼玉県
学生時代の夏休みのような、貴重な空気感を体験させて頂き、そして初めての北海道とても魅了されました。
「アーティストは遅れてきたピエロ」「社会のしくみ」「素人がデザインのコンテストに応募してくる」などが、キーワードとして残っています。パネリストの皆様の伝えたかったことからは逸脱しているかもしれませんが、以下私の感想です。
「遅れてきたピエロ」とは、アーティストは経済優先社会に適応しながら、命の大事さを暗黙に示唆すべきところ(私の勝手なアートへの期待ですが)、自分自身の適応に夢中になっている間にアート本来の意味を忘れてしまうところがあります。美の力で人に安全に枠組みを超えさせるピエロなはずですが。時期が来るまで羊の皮をかぶった狼は、多様な次世代のリーダー候補ですが、アートの世界の「しくみ」として一見自由に見える展開が、かえって見え難い蓋となり本来の正義感を持った狼を羊に閉じ込めっぱなしに加担している一面があると思います。
企業は、非人間的な要素を持っています。デザインとは、そんな企業に、健全性へのメッセージが多少なりとも織り込まれているべきではないかと思います。企業に合わせすぎると消費者が無意識に人間性を見失うことを助長しかねないのでは。デザイナーが熱心に仕事をすればするほど、気がついた時には企業側に立っている。アート自体が、人間が持っている表現の中で、最も抽象的であるために、企業に人間性の大事さを無意識にインプットしやすい力を持っていると思います。こんな社会性をアートに託す人がどれほどいるかは、分かりませんが、理屈を越え、「形」がある方向に、人を無意識のまま先導していく力(いろんな方向があります)は、並外れていると思います。
「しくみ」、得てして才能があれば、いいことをしていれば認められると考えている人たちがいます。しかし仕事でお金をもらうと言うことは、社会の経済のパイプに入っていくことであり、社会の持つ欺瞞にも付き合うことになります。自分らしさと社会のしくみ、この両方のバランスをとりつつ、生きることは、かなり大変であり、相手の求めているニーズを受け入れつつ、自分を表現する、これに気づいたとき、すでにかなりの年齢になっていたりします。アートが元々、経済優先の社会の枠組みを越えた、人の健康、命と言う立場からスタートしているだけに、このパイプに歩み寄り、出来る範囲で表現していくことが難しい。しかし融合できなければ、また、その役割を果たすことができないと言う矛盾を抱えています。企業が命に歩み寄り、アーティストが経済に歩み寄る、ある意味で父性と母性の統合です。お金や地位ではなく自分の内面の幸せと外側への適応、この両方が重要と気づき始めている人が増えています。
自分の持つ才能は、形にする力のある社会のしくみと繋がらなければ生活ができませんが、やっとしくみにたどり着いた時、すでにそのしくみは、経済が枯渇し、他のしくみに移行しています。お山の大将とは、社会の枠との繋がりを見失い、別個に旗揚げした集団であり、社会とは多少なりとも切れている分、関わる若者の多くは悲劇的となる可能性があります。新しいものほど、多くの人が関わっている従来のしくみへの謙虚さと理解が必要かと思います。
「素人がデザインのコンテストに応募する」、アート、デザインとは、一般の人が潜在的に持っている意識を、言葉ではなく形として表現することで、「あ、こんな感じが好き!」と共感を引き出すものだと思います。現在のアートが、普通の人がまだ言葉にできない「何か」を表現できているのか、と言った視点があります。その新しい何かは、アーティスト自身の生きかたから発せられるもの。素人がその技術は未熟でも新しい何かを、無意識のまま表現していることもあります。また、それをプロとして継続して意識していけるかは、別問題ですが。
余談ですが、会期中、あるお店でご参加者3名とお会いしました。その時私はボーダー柄の服とバッグを持っており、そのお一人から「ボーダー柄が好きなんですか?」と聞かれ「ボーダーと言うよりボーダーラインが好き」と答えたところ「ボーダーの上と下、どちらが好きですか?」と聞いてくれました。「それを行き来するのが面白い」、“ふーん、なるほど”的なリアクションを頂き、私にはとても刺激的な会話でした。
スタッフの皆様、三浦華園の皆様、本当にお世話になりありがとうございました!
2011年8月8日
真野隆徳グラフィックデザイナー・イラストレーター/北海道
今回、初めて参加させて頂きました。
日本を代表する方々が集まるということもあり
とても楽しみにしておりました。
北海道の決して大きくない街で行われ、
第一線で活躍されている方々と直接お話を伺うことが出来る
とても刺激のあるイベントと感じました。
また、今回は震災後ということもあり
とても深いところでのお話をお聞きできたと思います。
デザインとは?という真をつくような話や震災などから学んだ
デザイン・デザイナーのあり方。デザイナーが出来ること。
普段、雑誌や作品でしかお伺いできない方々のお話を
直接生の声で何を考え、どのように創作活動をされているのか
ということがお聞きできとても勉強になりました。
こういった身近で貴重なお話をお聞きできるというのは
若いデザイナーや地方で活動されている方々、また経営者の方々など
とてもいい刺激になと思いました。
今後も必ず参加し、刺激を得れればと思いました。
運営・準備と素敵なイベントをありがとうございました。
来年も楽しみにしております。
2011年8月29日
宮崎耕輔株式会社竹尾 ブランド推進チーム/東京都
・テーマ「本当の問題」ということで、パネリストの議論が
そのまま自分の置かれている立場や状況にも当てはまる事も多く、
真摯に受けとめ、考えるよい機会となりました。
・休日で都心を離れての開催で、会議以外にもツアー、
会合等にて多くの方と開放的にお話しや交流が出来た事は
大変貴重な体験となりました。
・デザインマインドを持って日常業務に取り組み、微力ながらも
自分のできることからひとつずつ問題を解決していきたいと感じました。
・可能であれば来年もお伺いしたいと思います。
本当に楽しいひとときでした。
今後ともよろしくお願い致します。
2011年8月29日
萩原修デザインディレクター/東京都
たどりつくところ
ようやく「太郎吉蔵デザイン会議」に参加できました。
第1回から、参加したい、参加したいと思いつつ、
スケジュールがあわずに断念していました。
今年は、「旭川木工コミュニティキャンプ」と
スケジュールをあわせ、旭川後の参加となりました。
今後も旭川と滝川の活動がうまく連動できるとうれしいです。
「太郎吉蔵デザイン会議」は、
東京から離れた場所で、
いろいろなスタンスで仕事をしている方々の、
本音の話が聞けるとても貴重な場だと、あらためて思いました。
個人的には、実際の会議の場よりも、その後の
飲み会でのやりとりが楽しく、有意義な時間でした。
今の時代、デザイナーに限らず、
これまでの仕事の仕方にとらわれずに、
時代の流れや、社会の変化をしっかりととらえて、
自分の足で歩いていくしかないのだと強く感じました。
これから先、どこに流されているいのかは、わかりませんが、
出会いと自分の感覚を大事にして生きたいと思います。
五十嵐威暢さんの人柄がこのような場をつくっているのですね。
「かぜのび」をはじめ、今後の活動のゆくえを楽しみにしています。
本当にありがとうございました。
2011年8月30日
小坂章子 ライター/福岡県
南から北へ、はるばる。
第一線で活躍する方々の公開討論の場を体感したいとの好奇心から
福岡から北海道まで遠征した今回の旅。
主催スタッフの皆さんの笑顔とおもてなしに、初参加の不安も吹き飛んだ。
そして「バー・ブラジル」で飲んだモヒートの味も格別であった。
あのような小さな町にああいう真摯なお店がある、
そのことに豊かなものを感じた。
さて、今回の本当の問題というテーマ。
皆さんの話を伺う中で感じたのは、
個々人が各々の分野でできることを通じて地道に声をあげ、
行動し続けていく、それに尽きるということだ。
震災は、きっかけにすぎない。
それでなくてもすでに地球環境の汚染と破壊は、
取り返しのつかない段階に突入しているのだ。
動物や植物、大地に罪はない。
壊してきたのは、私たち人間である。
だとすれば私たち一人ひとりが考え方と行動をかえていくほかはない。
仕事や日々の生活で行う消費活動や発言などを通じて、自己を表明する。
ただひたすら続けていく。
ちょっとした意識の方向変換を面倒がらず、また臆病にならず、
日々の行動におとしこんでいくことを、勇気をもって。
そのような思考回路と行動を見守り、さりげなく包みこんでくれる、
懐の深いデザインや空間との出会いは、自分が思う以上に
人生をたのしいものにしてくれるだろう。
会議を終えた翌日、モエレ沼公園を自転車でうろついた。
小高い山の頂上に登り、最終日のランチでいただいた林檎をかじりながら、
ますますこの北海道が好きになった。
ありがとうございました!
2011年8月31日
林里佳子グラフィックデザイナー/東京都
アートフェスタ空知には、
今回初めて参加させて頂きましたが、
主催者のみなさんと
協賛して下さったみなさんの
温かなおもてなしのお心遣いを
強く感じた会議でした。
トークの進行と
見所満載のツアーと、
どれも丁寧に企画して下さったおかげで
みっちりと充実した時間を過ごす事ができました。
トークは
セッションごとのパネリストの組み合わせが面白く、
予想外の話の展開を楽しめました。
あえて言うならば
一人一人、もっと持ち時間に余裕があって
ゆっくりお話しして頂けても良いように思いました。
大迫さんが、
近すぎず離れすぎずの司会をして下さったおかげで
話が中心からそれすぎる事なく、
間延びも混線もしすぎず、
スムーズに進行したようにも思います。
今後、この会議を
どのように続けられていくのかに興味があります。
今回、北菓楼さんやソメスサドルさん、
その他、美唄市や新十津川町の皆さんの
ご協力を頂いていたようですが、
太郎吉蔵のある滝川市の皆さんとも
もっと一緒に何かできたら
とも思いました。
と言いますのも、
滝川駅周辺の商店街の(正直に申し上げて)さびれた様子と
太郎吉蔵でのデザイン会議の盛り上がりとのギャップに
正直、違和感を感じたからです。
そうしたことも
みなさまといろいろお話しつつ
ご一緒に考えていけたら、
と思っております。
では、
また来年ご一緒できる事を
楽しみにしております。
2011年8月31日
羽田麻子イガラシアトリエ/神奈川県
今回も、事務局を担当させていただきました。
大震災後の混乱が続く中、参加人数の予測もつきませんでしたが、きっかけがあったからこそ、参加者の思いが同じ方向に向いていた気がします。
アートフェスタ空知2011(太郎吉蔵デザイン会議)は、私が日頃アシスタントを勤めている五十嵐威暢の指揮の元、LA在住のウェブデザイナー岡野祥子さんと私というコンビが、デザイナーであるというバックグランドをプラスに働かせ事務局を担う。参加された皆さんが、心地よい空間で有意義な時間を過ごしていただけたとしたら、それこそがデザインの力のひとつだと確信します。
裏方で協力してくださった方々に加え、なんといっても、志を抱いて参加してくださったパネリストや参加者の方々!私自身、寝る間も惜しいほど、たくさんの出会いと交流と、充実した素敵な時間を過ごすことができました。
会議の聴衆のひとりとして感じたことを集約すると、
まずは、私、3人の母親として、子供達をちゃんと育てなきゃ!です。
パネリストの方々のキーワードを借りると、
自分の信じる道を諦めず、
質の高い仕事に精を出し、
誰を信じるか支援するかは自身で吟味して、
意見は大きな声ではっきりと、
機会がきたら行動できるよう準備を心がけ、
作り出したものを別の形で転用するような発想の転換も念頭に、
正しい風景を設けられるように、
本当のご飯を食べられるように、
デ(ザイン)と、あっ(という気付き)をいつでも忘れずに、
生きているうちに成果が実感できるよう、思いたったらすぐにやる!
子供達にそれを伝えるには、まずは自分から、ですから、がんばります。
2011年8月31日
波多江寛子主婦/東京都
デザイン畑ではない私にとって、このデザイン会議に参加することは
少しハードルが高いように感じていましたが、参加して感じたことは、
「デザインの『本当の問題』というのは、すべてのことに共通している」ということです。
「デザイン」=アートワークというイメージが強く、美しいカタチを作ることが
デザイナーの役割だと捉えていましたが、美しいカタチを作るために、
「本当に必要なものなのか。」「なぜ、必要なのか。」「どのような役割を担うのか。」
「どのような影響があるのか。」などと考えること自体がデザインと言え、
その考えを突き詰めて、突き詰めて結晶化させ、その純度を上げることも
デザインの重要な部分なのだと分かりました。そして、その結晶を正しく昇華できる人が一流だと。
そのように考えると、「すべてのことにデザインが必要」というのも当然のことで、
デザインが特別に扱われる必要もないのかもしれません。
この考え方を肝に銘じて生きることで、何か新しいモノが見えてくるような気がしています。
最後に、普段関わることのできない方々と共に過ごし、これからも様々なカタチで
繋がることができるこのような機会を創って下さった方々、細やかなもてなして下さった方々に
心より感謝いたします。
デザインの会議の後も、お会いしたり、twitterやfacebookで緩やかに繋がっている方がいて、
このような関係を築けるのもこの会の醍醐味だと思います。
本当にありがとうございました。
2011年8月31日
遠藤真千子風のアトリエ デザイナ/北海道
北海道の田舎で、デザインの仕事をする者にとって
この蔵で、第一線で活躍されている方々のお話を聞けて
クリエイティブな方々と触れ合う時間は、本当に貴重でした。
私にとっての本当の問題は、「私のデザインに未来はあるのか」みたいなことでした。
見渡せば、次から次へと生まれいてるデザイン。
パソコンでできちゃうデザイン。
世には、「デザインしました!」があふれてる。
なんだか全然ぐっとこない。全然心地よくないって、思っていたんです。
デザインって何者なんだと。
じゃー、どんなデザインをすればいいんだろう、
毎日悩みまくりです。
そんな時のデザイン会議で
こんな話がありました。
「日本は、デザインの概念をみんな知らない。行政も知らない。
でも北欧はみんなしってる。
教育にデザインをとりいれてるから。
お団子のかたちから包装紙のデザインをかんがえる授業がある。
スエーデンは、役場の人間がタイポグラフィをつくってくれと発注する。」
このお話は、私のなかでの希望になったと思います。
デザインって、もっと幼くて、もっと普通で、近い存在なんじゃないかと。
心地よくない正体も、ぼんやりわかったような気がします。
デザインに、なにか人の心を、ぽっと暖める作用があると信じて
また頑張ろうと思いました。
2011年8月31日
竹尾有一株式会社竹尾/東京都
「2011年夏、空を知る。」
2年前、初めてデザイン会議に参加した時の感想を改めて読んでみる。
http://www.designconference.jp/2009/impressions
滝川ブラジルからの帰り道、「もやがかっていた」。と括られている。
そして今年。空知の地に降り立つと、東京の真夏からはほど遠く、肌寒い。前回の流
れを引きずっていたのだろうか。
そして3日間を終えての感想。それは最終日、フェアウェルパーティの天気のように、
天晴れ。すかっとした爽快感があった(それは何とか司会を終えたのもあったのかもし
れません)。
「本当の問題」。僕にとってこのテーマは、この会議同様、震災前からあったし、震
災後も変わることはない。リーダーシップ。誰がリーダーシップを取るのか。「日本」
の前に、まず自分の身の回りで。とかく日本人は目立つことや決めることを回避する。
それで良い時もうまく回ることもあるけれども、震災直後は違った。誰かがやらなく
てはならない。そしてそれは「自分しかいない」と強く思った。私が瞬時に決断しな
くては、社員も会社も守れない、そういう局面が多々あった。普段言わない(言えな
い)ことも言ったし、そのことでの軋轢も対立も多々あったけど、それを含めて自分で
責任を負うしかない。当然、そういう立場であるのだから。とてもチャレンジングで
エキサイティングな日々、そしてこれからも続く。これは自分の問題。
そしてデザイン会議で語られた「本当の問題」。今年は本当にそこに近づいたし、核
心を突いたと思う。「政治」。デザインが国を動かすことができれば、「教育」も
「政治」もうまくいく(はず)。そうしてこの「デザイン会議」が、「グランドデザイ
ン会議」として昇華することを願ってやまない。
さて、最後に「かぜのび」ノートに頂いた皆様の言葉から(有難うございました!)、上
記にも関していくつかご紹介させて頂きます(敬称略)。
1.Go for it!! (佐藤卓)
2.ゴチャゴチャ言わずにやろう!!(五十嵐淳)
3.仕事を楽しんでください。(五十嵐威暢)
※司会という大役を(しかも「竹尾有一流でいいよ」と)与えて頂き、有難うございました。
4.また来年!!(大迫修三)
お後がよろしいようで。。。
2011年8月31日
吉田祐美タウンアート/東京都
私は、初日のみの参加で、最終日の円卓会議でのどのような会議内容で盛り上がりをみせたのか聞けずに残念でしたが、初日の基調講演をもとにパネリストの方々が意見交換をされる会議の様子を拝聴しながら様々な自問自答をしておりました。
その中でも一番はっとさせられたのは梅原さんが「様々な人々が今までいけいけどんどんでやってきてしまったのではないか」とおっしゃられていた言葉でした。
私は、自分がいままで企画し、考え提案し実施してきたことは、未来にたいしてどのように人々に根付くものになるかときちんと考えられていただろうか?
社会を構成する要素である環境や、風土、文化、時代、そこにアートの力をもたらすことによって、人々の心に指標や誇りや癒しをもたらすものを築いていけるものをきちんと提示できていただろうか?
この会議で私はいくつかのことに気づき、これからの自分にたいし、もう一度考える時間をあたえてもらいました。
今回のテーマ「本当の問題」の問題はもしかして、「みんなは気づいているか?」ということではないかと思って帰途につきました。
3・11の震災があって あらためて原発についての安全性を討議するわれわれは、ここまでしめされないと気づくことができないのだろうかと思ったことをも振り返り、「気づく」 そのことこそが、 私たちの生活に新しい可能性をうみだしてくれると信じて、そのきっかけ提示ができるような仕事をこれからしていきたいとおもった日でした。
2011年8月31日
森山政与志一級建築士・新潟医療福祉大学非常勤講師/埼玉県
「アートフェスタ空知」に参加して
1、 私が気持ちよかったワンシーン
今回は介助者の同行や運営スタッフの配慮のお陰で、行き帰りのアクセスも会議や宿泊・食事なども、これは困って出来ないということはありませんでしたが、もっと使いやすくて低コストで出来る提案は施設(ハード)面でも、接客(ソフト)面でも、少しはあると感じた程度です。どのホテルのユニットバスも使えませんので、予めホテル側に洗面器を用意して貰い足だけを洗いましたが案外と気持ちの良いものです。太郎吉蔵の建物も床と壁の間に35cm程のスリットに照明が仕組まれ、その明かりが床に浮遊感をもたせます。手摺が無いので、目の不自由な方やお子さん達に対してはリスクはあるし、スリットに溜まるゴミ掃除などと、何処でも使える設計ではありませんが、「美」はある意味で危険と隣り合わせで手間隙のかかるものです。それらが魅力をかもし出す要素ですし、その度合いの配分がデザイン力と、私は思っています。
そのような方々がお出での際は、スタッフの皆さんが大げさでない十分な配慮をしていただける事と、スタッフの皆さんの姿勢から感じました。
美唄コースの私は炭鉱跡を見たかったのですが、あいにくの雨と急な坂道のためバスに残りました。そこから屋外彫刻展示場に行く車中で案内役の青年が、気まずくなった彼女と行った喫茶店から外の景色を見ていたら帰りには仲良くなっていた。と聞き、私もそこへ行ってみたくなりました。到着した駐車場からは小高い丘を登らねばならず『またバスか?』と、皆は行ってしまうし『マア、こんなもんだ?』と思いながら周りを見回すと叔父さんがいましたので、事情を話すと『運搬用のルートがあるから送ってやる』と、私を乗せて連れて行ってくれ『帰りは電話しろ』と去ってゆきました。
そこに座り眺めていると、近景の草花、遠景の山々、そこに設置された白い球形を抱く四角いゲート状の彫刻を見ていると、とても良くて小雨に煙る風景に私も参加したくなり外に出て一歩一歩、歩き出しました。近づく程に晴れやかな気分となり帰りは、あの丘を降りてゆきたいと思いました。直接にお礼が言えないので喫茶店に立ち寄り住所を聞きましたが『お気遣い無く・・・。』とニッコリの笑顔を貰いました。駐車場を目指し一歩一歩下る途中にセセラギの音が聞こえ、白い彫刻があり、旧小学校を改装した記念館の螺旋階段にも登り、行きは諦めていましたが、帰りは挑戦したのです。
その意欲を「自然」と「美(彫刻)」と「人情」が私に湧き上がらせたのです。
1、 デザイナーが考える本当の問題で、私が伝えたい事
私に意欲を湧きあがらせた一つが「美」です。「美」は衣・食・住・情報関連と全ての社会環境に求められます。美味しい料理と器、いただく作法とその場の演出などがあります。今回参加の多くの人達はそれを様々の分野で提供できる立場にいます。私がそうであったように、多くの不幸に見舞われた人達、前途の希望を奪われた人達に
とって、沈み込んだ心を再び湧き上がらせるキッカケや継続させるには「美」の応援が不可欠です。東日本大震災以降、ややもすると必要以上の反省や、自身のやってきた事に懐疑的な表情を浮かべるデザイナーを見かけますが、多少の時間はそれにさいても、過ぎる事無く、知恵とユーモアに溢れた骨太で斬新なデザイン力で、一歩前進二歩後退、しかしゴールには予算内で期限内にたどり着く。こうゆう時だからこそ新たに与えられた条件を受け入れて一人でも多くの人達が再び歩きたくなるような「美」を内包した各々の分野での成果物を、属する組織や立場を乗り越えて一つでも提案する覚悟が、我々に今まで以上に求められます。
私は11年前に脳出血で倒れた夜、『このまま逝ってしまっても良いか?』と思った事を記憶しています。働き始めた頃のエレベーター機械室の手摺のデザインから、倒れる日まで精一杯に仕事に向き合い、ユーザーもクライアントも私も、皆が喜ぶ仕事を目指した結果、確かな手ごたえも多かったと、能天気に自負ができます。そうであったからこそ障害者に成っても悔いが少なく、新たなスタートが切れて今日があると思っています。私は「美」のもつ力の再認識と、それを作り出すデザイナーとしての役割が、今こそ切実に求められて入る事を、自身の体験からも伝えたいのです。
1、 思わぬ出会い
資料で頂いた、住まい・まちづくり活動の支援・助成に関する調査報告書2011の
冒頭はアートチャレンジ滝川の紹介ですが最後は沖縄県石垣島の白保村です。私は24年前に沖縄勤務をしましたが、その当時に白保村に計画の郵便局の設計を担当しました。設計調査で市役所の担当者から『景観規制等の条例は無い』と言われましたが周辺の民家の赤瓦が美しく、それをテーマに設計を行い、予算が厳しくて赤瓦は中古品を採用、完成した郵便局は地域の皆さんに歓迎されました。その白保村が伝統的景観づくりで街おこしを図っていると知り嬉しくなりました。
これで私は北と南に縁がもてたのです。
私の状況で、不自由を感じる事も無く過ごせたのは、練り上げられたデザイン会議の内容と、それを実行するスタッフの方々のご苦労と、参加された皆さんのキャラクターによるものと感謝しています。どうも、ありがとうございました。
2011年8月31日
佐沢一馬株式会社グラディー 代表取締役/東京都
今回で第4回を数えるアートフェスタ空知。滝川出身である事から縁あって参加しましたが、滝川でこのような素晴らしいイベントが開催されていたとは今まで全く知りませんでした。初めての参加でしたから、会議でどのような対立や議論があっても楽しく聞いている事が出来ました。会議はパネリスト以外の参加者は聞いているだけでしたが、その時間は思いのほか短く感じられ、会議が盛り上がってきたところで終了。(残念!)続きは他の参加者の方たちと飲みながら語り合うという3日間。観光バスツアーもあり、まるで修学旅行のように楽しめました。沢山笑いました。大人になってからはこんなの絶対に無い!貴重な体験でした。パネリストの方々はもちろんですが、他の参加者の方々、沢山の素晴らしい方々との出会い。ウエルカムドリンクや開催中の食事も本当に美味しく素晴らしいものでした。このようなステキなイベントをオーガナイズしてくださった方々に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。また来年も参加します。
佐沢一馬 ヘンテコ雑貨デザイナー
2011年8月31日
三浦奈生会社員/東京都
「本当の問題」をテーマに掲げた太郎吉蔵デザイン会議でしたが、
「3.11以前・以降の社会と、それに対しデザインは
どう関わることができるか」という大きな一つの問題を、
多様なパネリストの各々の観点・解釈から話し合う場となったように思います。
それは日本経済や行政などの、大きく掴みどころのないような、
自分とは遠く離れたところで起こっていることでは決してなくて、
個人レベルの身近な視点で、積極的に考えていく事柄だと感じました。
私自身、今どのような位置に立ち、
どの方向を向き、どういう視点を持って進んで行くのか?
(会議では「座標軸」という言葉で語られていましたが)
ついつい、その軸を自分の中ではなく、
置かれている環境など外部に求めてしまいがちです。
しかし、自分が社会とどのように結びついていくのか、
どのように進んで行きたいのか。
とても当たり前のことなのですが、
これが今の私にとっての「問題」だと捉えられました。
この「問題」への自分なりの「答え」は勿論出てはいませんが、
この問題を携えて模索していくことそのものが大切なのだと思っています。
2011年8月31日
高味壽雄多摩美術大学/神奈川県
ここで何が語られたかより、単なる仕事上では得られないどのような出会いと気付きがここで可能になったかの方が重要ではないかと感じました。
また今回の二泊三日の日程でのコースに分かれての見学トリップは個人ではなかなか行けないもので最高でした。次回もぜひお願いします。
2011年8月31日
天野祐里編集者/東京都
初参加でしかも3日目は参加できず、アートフェスタ空知をすみずみまで堪能できたというわけではないかと思いますが、東京を離れて、仕事(勉強?)モードを半分くらい脱ぎ捨て、おいしいものを食べ、自然も味わい、ユニークな他業種の方たちと交流できたのはとても新鮮な体験でした。どうもありがとうございました。
会議は、基調講演をされた方たちが具体的ななにかが得られたかどうかは、正直、不明ではあるのですが、各パネリスト、それぞれの立場の違いから表れる考え方の相違が興味深く、ひとつの答えを出すことが目的ではない分、聴講者たちはそれぞれの立場で、かえっていろいろな示唆を受け取ることができたように思います。
今さらながら個人的に気づかされたのは、表面上の「デザイン」ばかりを自分は見てきたのではないか、ということです。少なくともわたしのような一般消費者全般は、よくも悪くもデザインブームのおかげで、誰もが機能性とか偉そうに口にするようになったけれども、本来デザインが解決すべき問題の有無、あるいは目的といったものに本当に目を向けていたかというとそこまでには至ってなかったのではないかと思います。総体として会議が、そもそも、なぜデザインが必要なのかといったデザインの目的を見出すという視点に立ち返るいい機会を得ることができました。と同時に、主には柴田さんのお話にありましたが、デザインの職域についてもはっとさせられる部分がありました。いま、社会はどんどん変化している。そのなかで、わたしたちの生活はどこに向かっていくのか。そこでデザインは、個々のニーズや志向に応えるものになるのか、あるいは均質化された社会を前提にデザインは役割を果たしていくのか、どう問題に関与し、立ち向かっていくのか。デザインを広く大きなものとしてとらえたとき、まだまだやれることがあるのではというデザインへの希望を感じました。
わたしの仕事はデザインの周辺を、ときどきうろちょろしているにすぎないのですが、ひとりの生活者としては、あらたにデザインを見る方法が得られたとともに、編集者としては、どうデザインが社会にありつづけていくのかを見届け、ときに伝えることが出来たら…という楽しみができました。このように、会議の存在が、わたしのみならず、ボディブローのようにじわじわと参加者個々のなかで効いてくることを願っています。
2011年8月31日
新堀 学建築家/東京都
今回の目玉はなんといっても「かせのび」でした。
おおらかな地域の中、あたらしい創造のコミュニティの場所がうまれたことに祝
福を申し上げたい。
これからの年月で何が生まれていくのか、とても楽しみです。
また、空知でお会いしましょう。
2011年9月1日
山崎 修石材業(墓石)/北海道
この度、2日目の農園おにぎりしゃけツアーを企画しご案内させて
頂きありがとうございます。
ツアーガイドは体験不足で時間が押してしまい皆様にご迷惑をおかけいたしました。
国内外のお墓を見ていると、昔から時代は常に変わっています。
これからの日本は、今回参加された皆様のような
創造者の方々がリードする日本に変化していくべき時代だと改めて感じました。
大好きな北海道に来て頂きありがとうございます。
2011年9月2日
鹿毛聡乃ディレクター Foodelco inc./東京都
パネリストの方々の対話、参加者の方々との対話の中で紡ぎだされる
問題提起や様々な意見を聞きながら、
「デザイン」という言葉を使わずにデザインってなんだろう?
と自分自身にずっと問いかけていました。
北海道の大らかな自然のせいか、
皆さんとの会話のせいか、
コムツカシク考える前に
「良い暮らしと時間をつくること、それがデザインではないか」
とふと、シンプルに頭に浮かびました。
ちょっとした気遣いであったり、挨拶であったり
おいしいお茶であったり、道路にある花壇であったり、
モノをつくる、カタチをつくるだけがデザインじゃない、
心地よい時間、ほっとする何かを生み出すことができれば
それはきっとデザインなのではないかと。
もっとデザインが、生活に、人々に身近になっていくように
日々邁進したいと思いました。
今回、アートフェスタ空知は初めて参加させて頂いた上に、
アートフェスタ空知を、裏方としてお手伝い(ほんの少しですが)ができましたこと、
とても光栄に思います。
改めて御礼申し上げます。
2011年9月3日
藤田英晴株式会社るっく 雑貨販売/北海道
2011年9月5日 太郎吉蔵デザイン会議事務局に郵送にて到着
