メンバーからのメッセージ

飯田善彦建築家

いろいろな意味でパラダイムシフトが早まった、と感じています。あらゆる領域で構想の 基本軸が変化を求められている、それも下手をすると壊れかねない速度で、そんな印象です。上手くコントロールできればこれまでにない社会を構築できるかもしれない、誤解を 恐れずに言えばそんな可能性も想像します。我々を取り巻く世界をどこに向かわせるの か?速度に負けない思考力と実行力が問われているように思います。

2011年7月13日

 


五十嵐淳建築家

「本当の問題」の議論のプラットフォームの設定を何処にするのかで、思考の向く先が大きく変わります。震災を考えるとしても、プラットフォームの設定をせずに議論するのは、真っ暗な宇宙空間を、あても無く彷徨うようなものだと思います。プラットフォームは基礎です。基礎の上ばかりを議論しても脆い気がします。シッカリとしたプラットフォームを見つけたい。物事を至極シンプルに考えたい。そしてそのシンプルな目標に向かってロス無く進みたい。そして実現したい。それは人類にとって幸せの状態を構築するため。震災後、こういう気持ちが強くなりました。

2011年7月12日

 


原 研哉グラフィックデザイナー

北京で予定していた展覧会が311の影響で延期となり、はからずも太郎吉蔵会議と北京展の最終日が重なってしまいました。会議には出席できませんが、思いはみなさんと共有したいです。今年はふたつのことをお話ししたいと思っていました。ですから少しだけ長いメッセージをおゆるしください。

1:東日本大震災の復興ヴィジョンについて
この災害は、歴史の句読点となる出来事だと思います。日本が成熟・低成長の時代を迎えて、環境、経済、文化におけるあらゆる考え方を刷新しなくてはいけない、ちょうどその節目に起きた出来事です。東北も日本も、災害がなくても未来ヴィジョンを再考しなくてはならない時を迎えていたのです。再生可能エネルギーについても、ポスト工業化についても、老齢化、第一次産業の再生、ソーシャルメディア、観光の未来についても……。
復興は、復元ではなく、東日本から上記の問題についての未来ヴィジョンが「どんどん湧き出すような状況」をいかに作り出していくかがポイントではないでしょうか。被災地にとっても、日本にとっても、世界にとっても、これは非常に大事なことだと思うのです。
大槌、釜石、唐丹、陸前高田、大船渡、気仙沼などを見ましたが、想像を超えた面的破壊です。現場では創造的な視点で未来を構想する余裕はなかなか見つけられないと感じました。おそらくは、お節介でもいいから、都市構想から港の統合、コミュニティの再編、そして公共サービスの低コスト化からなじみのスナックの復活まで、日本中の、あるいは世界中の叡智を集めて、被災地に「アイデア」を届けていく、情報の生成・整理・編集活動が必要だと思います。被災地の人たちはそのアイデアを必ずしも採用しなくてもいい。しかし、現実に追われる日々からは得られない着想に触れてもらうことに意味があると思います。そのアイデアの中に、被災地のみならず、日本や世界の未来の切実な可能性が見いだされていくはずです。ここに関して、なんとか自分も機能できる道筋を模索してみたいと考えています。
放射能については、予断を許さない状況ですが、日本デザインセンターでは「311 SCALE」というプロジェクトを進めています。これは「演出しない/解説しない/世界の人々に分かりやすく/可能な限り正確に」を基本姿勢とする、地震・津波・放射線・電力消費のデータを可視化する活動です。放射能汚染を生み出してしまった国としては、まずは、放射能や放射線量に関する基本的なリテラシーの向上に寄与していくことが、観光などへの影響を最小限に食い止める第一歩であると考えています。

311 SCALE http://311scale.jp/

2:大きなアジアの時代
アジアの経済と産業の可能性が様々に語られ続けていますが、自分たちの足下にある伝統と文化こそ巨大資源であり、そこにこれからの世界の知の趨勢を左右する要因があります。そういうメッセージを、書籍を通してアジアに投げかけてきていますが、そこに対する中国、韓国、台湾、タイ、シンガポールあたりの若い人々の反応は非常にポジティブです。西洋と東洋を相対化するだけではなく、ローカリティを咀嚼したうえで、グローバルな文脈にそれを繋げ、世界の活性と多様性に寄与していく。今回の北京展は、そういう考え方を中国の人たちと共有したいと考えて計画したものです。反応は想像以上です。

上記の内容を、みなさんとじっくりお話ししたかったです。参加できなかった代わりに、この2年間連載を続けている岩波の『図書』で、東日本大震災について書いた号を太郎吉蔵にお送りします。また、お会いする機会にご批評いただければ幸いですし、なによりも一緒に、具体的な活動に踏み出していければと希望します。
それでは、太郎吉蔵からの貴重な語らいの契機がこれからも継続して生まれていくことを期待いたします。

2011年7月7日

 


斉藤浩二ランドスケープデザイナー

北海道でランドスケープの仕事をしている斉藤です。どうぞよろしく。
土地そのものを相手にしている私にとって今回の大震災は大きな衝撃です。18年前の奥尻島の津波災害の時もそうでしたが、自分は悲惨な状況下で評論家のような意見を言うのは嫌だし、かといって実際に現地へ行くのもはばかられる、オレはどうしたらいいんだろ、と悩むばかりで身体が動きません。こんな時に冷静に立派な発言が出来る人でなければいけないのでしょうが、デザイナーとして云々の前に、人として無力感、無常感を強く感じます。未だに1万人以上の人が見つかっていないことや終息点が見えない原発を考えると胸が塞がる思いがし、気分が滅入ります。しかし、発生後2ヶ月経った今、辛い感情は持ちながらも、これからのことを考えなければいけないのでしょう。政府の復興会議も遅まきながら始まったし。
歴史は繰り返す、大きな災害はまた必ずやって来ます。いつ、どんなかたちで来るか分からないけれど、自然災害は防げなくても人的被害を減らすこと、非常時のマネージメント、被災者のケア、地域社会の再生など、自ずからの手で貯えておかなくてはいけない知恵や方策はたくさんあるはずだし、それを考えるのが「デザイン」だと思います。
非常時には平時に備えた力しか使えないことを認識しながら、知恵や技術を出し合い貯え忘れないようにする工夫を、自分に与えられた仕事や暮らしの中にいつも織り込んで行こうと思います。直接何かが出来なくても、その姿勢によって被災した方々と意識がつながるし、継続する努力が回り回って被災地を支援することになると思いたい。・・・こう書いたところでデジャビュを感じます。奥尻の時もこう考えたのです。でも、その後はどうだったか・・・
北海道は気温が上がらず春は遠い感じですが、7月の「海の日」頃は明るい陽射しがいっぱいの季節になっていることでしょう。空知の澄んだ空気と青空のもとで美味しいビールを飲みながら、皆さんと語り合えることを楽しみにしています。

2011年5月9日

 


梅原 真デザイナー

げんぱつにげんこつ
数年前、原発のある町の観光復興キャンペーンに
「げんぱつにげんこつ」というポスターをテイアンしました。
モチロン却下されました。
そして数年が経ち、今、そのとうりになってしまいました。
原子力にただ反対するのは、みょうな残尿感がのこります。
デザインは「社会のモンダイ解決ソフト」と思っていますから
このモンダイを解決出来ないことがウシロメタイのです。
なぜ答えを出せないのか?
情報があまりにもクローズされているからですね。
すべてがアイマイな情報です。
アイマイには答えが出せません。
人がコントロールできないモノをコントロールしょうとしている
ことだけはわかります。
ジブンの「答」を見いだせないのは
実に不幸です。

2011年5月7日

 


柴田文江インダストリアルデザイナー

今ほど、こころ穏やかな日常を切望し、そのありがたさを実感したことはありません。
デザインは、これまでも社会に対して何をすべきか探してきましたが、
現実にそれを機能させなくてはならない事態が起きています。
深い悲しみと絶望と、自分の無力さに苛まれている時は終わりました。
みなさんと共にデザインの果たす役割について議論し、
大きなうねりとなるべく、そのきっかけをつくりたいと思います。
そして、ひとりのデザイナーである自分自身のためにも、
全てを開いてこのデザイン会議に臨みます。

2011年5月6日

 


竹尾香世子グラフィックデザイナー

いま、東日本大震災による大惨事で国民ひとりひとりが立ち止まり、いままでは疑問にしなかった様々なことについて改めて考えているときだと思います。
自分のやっていることは何なのか。自分には何ができるのか。これからの社会はどうなるのか。どう変えられるのか。
残念なことに社会のシステムにはまだまだ弱者が犠牲になるものが多いですが、デザインは弱者と強者に差をつけるものではあってならないと思います。
今こそが日本を本当の意味での先進国にデザインするチャンスなのではないでしょうか。世界に誇れる人材、科学技術を持つ日本です。
きっと安全で持続可能な国に生まれ変われるはずです。そして子供を安心して育てられる豊かな国になるでしょう。

結論を求めようとするのではなく本音で語り合う会議だからこその議論が今年も交わされるのを期待しています。

2011年5月4日

 


臼田捷治デザインジャーナリスト

デザイン会議は初めての参加。
編集者、ライターとして、
スケールの大きなご活躍を長年にわたって注視してきた
五十嵐さんからのご指名でレポーター役をいただいた。
鉄路で一度通過したことがあるだけの空知平野。
風光明媚なその地に降り立ち、
熱い討議と交流を取材できることはこのうえない喜び。
心は早くも北の大地に飛んでいます。

2011年5月3日

 


岡野祥子ウェブデザイナー

これまで日本人は、自己主張が下手だと言われてきました。確かに、この混沌とした世界中の国々の中で、他の諸外国の人達と比較すると、日本人は外国語に対する苦手意識も強く、自らの主義主張や要求を、声高に言うことを不得手としてきたかもしれません。

しかし、この東日本大震災直後に、世界中がなにより驚いたのは、この未曾有の災害に対する、被災者の冷静さと礼儀正しさです。自己を抑えて静かに立ち上がり、まずは自分の目の前のことを着実に復興していく、そして助けてくれる方々に対して、感謝の気持ちを表すことを忘れない、その品位ある国民性に対し、寄付や物資や人材の支援という具体的な形で、敬意を表してくださる方々が多くいます。

これは、デザインにもそのままあてはめられることではないでしょうか。物に溢れ、飽きられる前に次を出す商品開発サイクルの中で、異常なほどの多機能性、とにかく目立つ色、奇異な見た目、大げさなうたい文句、過度な梱包、そんなデザインが要求されてきました。恐らくこれまでにも、多くのデザイナーが、本当にそんな主張が必要なのか、そもそもその物自体が必要なのか、そう言い続けてきたことでしょう。今、そんな、ゼロから考える姿勢が、社会に受け入れられる基盤が充分にできたように感じます。夜は暗くていいよね、夏は暑くて当たり前だよね、今までがやり過ぎてたんだよね、そんな言葉があちこちで聴かれます。これほど一気に民度を高められる機会というのは、そうそう得られるものではありません。

自衛隊や土木建設業、医療従事者などと違って、デザイナーには、震災直後に、直接、被災者の力になれる特技はそうそう持ち合わせていなかったかもしれません。でも、これからはデザイナーの出番です。特に、太郎吉蔵デザイン会議のパネリスト達は、その中でも最前線を走らねばならない面々ばかりです。ぜひこの機会に、これからの日本のデザインについて、志高く語り合っていただきましょう。

近い将来、世界中の方々に、節度と品格あるデザインに溢れ、洗練された日本の姿を見ていただき、再び驚いてもらいたいものです。世界に「ありがとう」の気持ちを表す役目は、もしかしたら、デザイナーが担っているのかもしれません。

2011年5月3日

 


佐藤 卓グラフィックデザイナー

今回の震災後に、西日本に住んでいるあるデザイナーが言っていた。「デザイナーがこのような時にいかに無力であるかを思い知らされた」と。私はこれを聞いてとても残念に思った。デザインは社会と共にあるはずである。そして社会は複雑な流れの中であっても繋がっている。常に社会の関係の中にあって、より良い社会へ少しでも導く指針を示そうとする気概があるならば、それは必要なことである。どんなに大きな災害があろうとも、普段からより良い社会を見据えて都度に対処していれば、その根幹はブレないはずである。直接的に対処する災害復興だけが、社会の復興の手助けではない。東京に居る私は、震災直後にすぐに手助けに現地に行くことなどできるはずもなく、まず自分のとるべき態度をそのように考えた。そしてこの考えは、震災後2ヶ月を経ようとしている今も何ら変わらない。何しろ、目の前にある仕事を真摯に考えて、黙々と丁寧にしていくことが大切だと思うのである。戦後、疑うこともなく受け入れてきた合理的な「便利」や闇雲に解放する「自由」というものが、はたして日本を豊かにするのだろうかという疑問は常に考え続けてきたことだから、敢えてこの震災で気付いたことでもない。ただ、日本の文化をこのようにボロボロにしてしまった近代のアメリカ的な「便利」や新自由主義的「自由」というものを、今改めてみんなで考えるいい機会を自然が与えてくれたと思っていいのではないか。なぜなら、未来を開拓していくことにデザインは大きく関わらなければならないからである。今回の滝川デザイン会議では、日本人の深いところを流れているこの根本的なことについて個人的には話し合いたいと思っている。

2011年5月2日

 


五十嵐威暢アーティスト

東日本大震災で被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。

今回の大震災は私たちデザイナーにとっても、大きなテーマを突きつけられたと考えます。日本の未来を切り開くために、デザインは根本からその見直しを求められているように思います。
商品や産業のためのデザインから、社会や人々のためのデザインに着実に向かうために、大震災からの復興支援のためにも、知恵、工夫、アイデア、発明、創造が総動員される必要があります。

第四回太郎吉蔵デザイン会議は、震災以前に今回のテーマ:デザイナーにとっての「本当の問題」を決定していましたが、はからずも相応しいものとなりました。
7月のさわやかな北海道で、しばし日常を離れて真摯に語り合いたいと思います。

今回は、地元企業の経営者と、東京から地元へ戻り家業を継ぐべく修行中の若者のおふたりに、基調講演をお願いしています。地元とつながりながら、話はそこから始まりますが、議論は日本の、いや、世界のデザインにまで広げて、これからのデザインの役割やデザイナー像を探りたいと思います。

さらに、開催費用は参加者全員の頭割りが基本ですが、太郎吉蔵デザイン会議が今後より社会性を増すことを考慮して、企業、行政の支援をお願いすることにいたしました。
例年のように、全国から志の高い皆さまの参加を期待しお待ちしています。

2011年4月11日