参加者からの感想

パネリストからの感想

山崎亮/コミュニティデザイナー

「7月とはいえ、北海道はまだ寒いくらいだろう」。そう思って訪れた滝川。ところが現地は思いのほか暑い。
「とはいえ、蔵の中はきっとヒンヤリしているだろう」。そう思って臨んだ会議。ところが議論もまた思いのほか熱い。
それでいいのだろう。冷めている場合じゃない。地域にはさまざまな課題が顕在化している。商店街を見ればわかる。中山間の集落を見ればわかる。農地を、森林を、学校を見ればわかるだろう。地域には課題がいっぱいだ。
デザイナーはこうした地域の課題に取り組んできただろうか。そのことを真剣に話し合うことのできるパネリストとともに熱い時間を過ごすことができたのは何よりも楽しいことだった。
日本は課題先進国である。アジアのなかの日本について考えるとき、地域の課題を美しく解決するデザインはまだまだアジアのなかで役に立つと考えることができる。これから同種の課題が顕在化するであろうアジアの諸地域に対して、日本のデザインができることはたくさんあるといえよう。
そういうことを、東京のホールではなく滝川という地域の現場で話し合えたのがよかった。しかし、そのためには事務局の並々ならぬ準備作業が必要になる。関係各位にじっくりとお礼を述べることができなかったのが心残りだ。
この場を借りてお礼申し上げたい。「熱い滝川をありがとうございました!」。


五十嵐威暢/アーティスト

ぼくは議論の終了が近づいた頃、“デザインは面白くない。”と発言していました。このことは第一回太郎吉蔵デザイン会議を始める決心をしたときから、すでに僕の心の奥底に存在していた本音でもありました。

90年代初めのバブル崩壊後の、政治と経済の疲弊から立ち直れないどころか、ますます混迷を深める日本にあって、デザインはその力を失い続けています。
かつてのデザインには単なる産業のお手伝い役を越えて、人々の心や国を変えるかもしれないと期待させる力がありました。
デザイナーは商業主義の中にあっても、企業の利益増大に寄与するだけでなく、クライアントの期待に答えつつも、自らが信じてやまない人々の幸せの実現に向けて、新鮮な発想によってメッセージと商品をつくり続けてきたと思います。 70年代にセンセーションを巻き起こした富士ゼロックスのキャンペーン“モーレツからビューティフル”はその一例です。このキャンペーンは時代の空気を一瞬にして変え、新しい価値観を広めました。

ひるがえって、現代のデザインは、活力を失っているように見えます。もはやクライアントの要請以上のことは出来ないと諦めているかのようです。しかし、デザイナーなら、そのクリエイティブな発想力によって困難な状況下に於いても素晴らしい力を発揮できるはずです。
政治と経済の疲弊に加えて、さらに、大震災と原発事故は私たちに本当の豊かさとは何かを根本的に問う機会を与えてくれています。
エネルギーと環境、経済優先から脱皮して安全と安心の国づくり、新しい持続可能な産業への転換、今、私たちは新しい国づくりのチャンスを与えられています。

とは言っても、デザインとデザイナーの行方は予断を許しません。 この10年、原研哉さんや佐藤卓さんを筆頭に力のあるデザイナーは、重要なテーマを見つけては、分析し、デザイン力を駆使して、大切なことを人々に伝える取り組みを始めました。以前は考えられなかったような素晴らしい出来映えのデザイン展であり、デザイナーの活躍の場となっています。デザイン書籍の出版や一般紙も競ってデザインを取り上げ、一見デザインは広く世間に認められ、その機能を果たしているかに見えます。

しかし、20世紀の産業や国の発展と表裏一体であったデザインが果たした役割から見れば、このような今日のデザイン界は、ややフィクション化したとも言える状況にあるように思います。

デザインは歴史的に、深く人々や社会にリアルに根ざして、産業とともに社会と暮らしを豊かに変えて来ました。現代にあっても、モノと思想の両面で人と国をリアルに変えていくために存在して欲しいと願います。

最近、注目を集めているデザインの役割がデザイン思考として、今までデザインの恩恵に浴さなかった領域に貢献することは素晴らしいと思います。同時に、デザインが発想のレベルに対しての貢献に留まることなく、デザインは本来の力として、リアルなモノづくりの中で生き続けることも重要で、それこそがデザイナーの役割であると考えます。

国際的に見れば、お隣の中国、韓国を始めインドや東南アジア諸国はこれからモノづくりにデザインの力を強力に取り入れ、人々に希望を与え、暮らしを豊かにし、国づくりと人づくりを進めるに違いありません。
特に中国は日本を含めた先進国の歴史に学び、デザイン教育を重要な国家政策に位置づけて教育の高度化を急速に強力に進めています。
ここではデザインは元気に生きていると思います。

日本のデザイナーは日本という成熟した、そして、現在は疲弊した難しい状況の中にあって、今まで置き去りにされたローカルの遺産を大切にしながらも、高度で精緻で繊細で高品質な日本が他国に負けないものつくりにデザイン力を発揮して欲しいと思います。
そのためにデザイナーには新しい国をつくるという気概を持ってデザインに邁進して欲しい。

日本のデザインがつまらないと感じるぼくの気持ちの本音の本音は、この太郎吉蔵デザイン会議に参加した皆さんに、このようなデザインの危機意識を汲み取ってもらって、ものをつくらないデザインの思想を受けとめ、それを越えて、山崎亮さんが言うように、最終的には今までとは違う、素晴らしいものつくりを実践して欲しいし、本当に成熟した力強い日本のデザインを復活して欲しいという気持ちに他なりません。

これからの日本にとって本当の幸せは何かを考え、新しく、面白いデザインを!
ワクワクする感動を、新しい日本を、デザインで実現してください。


佐藤 卓/グラフィックデザイナー

 今年の滝川デザイン会議は、第1部と第2部に分かれて議論することになったが、私は初日の第1部に参加した。第1部のテーマは「地域とデザイン」。感想から先に申し上げれば、今年の会議は自分としては実に面白かった。会議に参加する人が、自分の考え方を押し付けるのでもなく、自慢もせず、あくまで自分のために何かを得て帰ることを目的に話し合うという明快な約束のもと、それぞれが違った立場でこれまで地域に参加してきて、今思っていることを率直に述べたと思う。今回、議論の中で自分が得られたこととして、地域にはまずデザインを武器にデザイナーが入り込まない方がいいということである。まるで土足で人の家に上がるかのように都会のデザインを地域に持ち込み、地域らしさを壊しているかもしれないということ。これは以前から自分も感じていて、自分が関わることによって地域に対して実は余計なことをしているのではないかという不安があったが、議論をしていて、やはりこの不安に思う気持ちは間違っていなかったと思えた。そして、それが嬉しかった。つまり、自分のデザインをする場を地域につくることや、自分のデザインをしたいがための商品開発が目的ではなく、地域の人とどれだけ意気投合して、盛り上がっていけるか。自分が盛り上げるなどという傲慢な立ち位置ではなく、一緒に盛り上がっていくという姿勢があるか。近代デザインを闇雲に持ち込むのではなく、そんなものは本来必要なく、もともと地域にあった関係性から力を引き出すことができるか。かつて、著名なデザイナーが地域に入っていって、自分の作品だけ作っては去って行ってしまったことに対して、地域にはけっこうトラウマがあるという話も出た。そして、地域の中の誰かが目立てば、それを面白いと思わない他の誰かが出る杭を叩き、そしてやっかみ、結局は動けば潰される地域の難しさ。現在そんな中にあって、会議に参加したメンバーそれぞれが難しい地域の仕事に向き合っている。簡単にねじ伏せるように、自分の名前だけで地域の仕事をしている人は、会議に参加した人の中には1人もいなかった。その、簡単ではない地域の仕事にみんなが向き合っていることを共有できたことが、何より自分としては今後の自信に繋がった。デザインをちょっと知っているからといって、社会を熟知しているわけでもなく、人の営みにとって大切なことを知っているとは限らない。近頃、私はデザインという言葉を消したいとどこかで思っているところがある。デザインは、発想も含めそもそもそれ自体が技術であり人の営みにとっては道具に過ぎず、道具を使うことが目的ではなく、その道具を何に対してどう使うかが大切なのに、デザイナーは仕事についデザインすることを求めてしまう。地域のことを考えるということは、まずデザインなどという概念を捨ててから向き合う方がいいのではないか。そんなことより、もっと地域の人間関係の間にある力をどう活かすかを考えた方がいいのではないか。いつも余計なデザインはしたくないと思いながら仕事はしているけれども、それでも尚、地域に対してはそのことを更に心して向き合いたいと思えた会議だった。

 そして会議が終わって、思ったことがあります。私は今年でこの滝川デザイン会議への登壇者としての参加は最後にするべきだろうと。もう私は会議には数回参加していて、昨年と今年、それまでにも増して自分にとってかなり有意義な議論ができました。ぜひこのような純粋に話し合うことができる会議は今後も続けていただき、これからを担うより若いデザイナーに席を譲りたいと思います。このような機会を与えていただいた五十嵐さんに本当に感謝しています。


南雲勝志/デザイナー

 5年ぶりに滝川を訪れた。駅を降りて目に入る風景はそんなに変わっていなかった。しかしながら太郎吉蔵を通り、三浦華園の受付を終えて参加者から醸し出されるムードはどことなく明るく、楽しい雰囲気だった。
 1回の時は知り合いも少ないこともあり、会議の目指す方向もはっきりと理解していないところもあった。その後は参加していないので、どのように変化していったか残念ながらわからない。でも回を重ねるごとに参加者同士が会話や体験を共有する事で繋がりが生まれ、その積み重ねが徐々に良いムードを作り上げたんだろうなあ、と勝手に想像する。
 少しだが、滝川市の伊藤さんと話す事が出来た。以前お会いした時に、市役所の職員として、まちづくりやデザイン会議との関わり方についての悩みや疑問などを話されていて、そのことが少し気掛かりだった。今回そのことに触れると、さらりと「ああ、今は良い感じですよ。というか開き直ったというか、もう前に突き進んでいくしかないんですよ。もう残された時間もあまりないし・・・」照れくさそうに、しかし自信に満ちた目で語っていたことが印象的だった。そこにはもはや苦渋の表情は全くなかった。また五十嵐さんとの会話の中にも、少しずつだが、滝川市が前向きに動き出しているという内容の話も聞くことが出来た。
 「太郎吉蔵デザイン会議」を開催し、地域とデザインを語り合う「滝川」という地にこそ、この会議と共に進化していって欲しいと個人的には願っていた。いやそうしないと意味がないとさえ思っていた。だから今回参加してその兆しを肌で感じられたことがなにより嬉しかった。
 他所との比較ではなく、そこに生活する人びと自分たちなりの”らしさ”を見いだし未来に継承していくこと。基本的だが、それが今一番地域にとって必要だと思っている。このデザイン会議の活動はまさにその力を生み出しているのであろう。
 大震災を幾度か経験し、本当に必要で大切なもの、を再考せざるを得なくなった。愛や優しさ、思いやりなしには豊かさは生まれない。農山村、漁村、小さく弱い地域に元気になっていって欲しい。そこにはその地の持っていた原点が残っている事が少なくない。一次産業をベースに、生活を楽しむための仕組みづくりや、ものづくりなどを基軸に、ゆったりとした自立した地域を目指す。それらがまとまって日本らしさになっていく。アジアの中の日本を考える事は、そんならしさをきちんと言えること、発信していけることであり、それを実践するためにデザイナーとして関わっていきたいと思っている。
 デザイン会議のディスカッションは、太郎吉蔵と議論を真剣に聞く参加者がつくりあげる緊張感のある空間であった。パネリストそれぞれが真剣に語り、それを聞き、確認しながら思考する。そしてそれは会議が終わっても終わらない。自分の事を客観的に考える事が出来るとはこういう事を言うのだろう。
 良い体験をさせていただいた。太郎吉蔵デザイン会議の企画や準備をなさった方々、参加された皆さんに心から感謝します。


柴田文江/スタジオエス

空知という大自然の中にいること。
みなで同じものを食べること。
東京から遠く離れていること。
太郎吉蔵デザイン会議が特別なのはそういうことかもしれない。場所や体験を共にしているうちに、なんだかわからない勇気が湧いてきて、何かできそうな気分になれる。言葉でわかりあうこと以上に、そういう気分を共有するのは貴重だし素敵なことだ。

私は今年で2回目の参加だった。東京から数名の友人も参加してくれて、昨年よりもリラックスして臨めたからなのかしれないが、今年は会議全体とその周りの人たちの雰囲気を掴むことができた気がする。会場の真ん中で話しをしていても、取り囲んで聴いている人たちの息づかいが感じられた。同じタイミングで呼吸をしているような不思議な感じだ。穏やかだけれど真剣に、みんなが一緒に考えること、もっと良くなるアイデアを話し合うこと、それがもう「デザイン」だなと考えながらあの場を楽しんでいた。

帰りの汽車の中、閉会のパーティーで振る舞われるはずのサンドイッチをいただいた。パッケージの隅に、参加人数分の番号がナンバリングされていて、ひとつひとつに心が込められていることが伝わってきた。それぞれの食材が持つ本当の味、そのハーモニーに込められた心配り、それらはすべてがデザインのお手本のように感じた。本当のことを真摯に追求すること、そして人に対する深い愛情と尊敬。食べながら身体の真ん中がじんわりと暖かくなったのを今でもはっきりとおぼえている。

東京に戻ると、いつものように時間が速く流れていた。沢山のプロジェクトがそれぞれのタイムスケジュールで進み、いくつもの次元が交錯しているようだった。空知に行く前には感じられなかった違和感に気づき、大きく深呼吸をしてみる。目の前に見える混沌とした時間の中にも、空知で感じた穏やかなリズムと、みんなと一緒に手に入れた勇気を思いだしてみよう。そしてまたひとつ前に踏みだしてみよう。


原研哉/グラフィックデザイナー

 昨年はやむを得ない事情で会議を一年休んだが、再び滝川に来ることが出来てうれしい。リゾートとは「何度も行く場所」のことであるらしいが、こうして何度も訪れる縁のある場所が生まれ、再訪できることは幸せである。忙しい世の中はマンネリを嫌うが、このようにして生まれる反復をリズムというのではないか。太郎吉蔵デザイン会議はすでにリズムの領域にあるように思う。
 地域と世界はひと続きである。世界の問題があり、地域の問題があるのではない。都市と地域、世界と滝川、これはつながったひとつの植物のようなものだ。どちらかというと世界が根で滝川は実の方に近いかもしれない。だから実をいじるだけでも、茎を引っ張るだけでもいけない。やはり世界地図を俯瞰するように大局を見る眼と、生き甲斐や尊厳、幸福と悲哀を肌で感じるような生活の眼の両方が必要になる。そういう視点のしなやかさが不可欠であることを、あらためて実感できた。滝川の町の変容や空気感は、縮退する日本の現状をある意味では自然に反映しており、世界へと視点を広げながらも、おのずと視点はこの場へと引き戻される。「今、ここ」の問題を問わないと、生きている意味がない。しかし「今、ここ」の問題の根幹は、日本全体の状況や、世界のなかの日本の状況に起因している。
 繁栄という観点で見ると、日本には厳しい未来がある。二〇五〇年には二〇歳から六十五歳までの、いわゆる生産労働人口がほぼ半分になる。これは総生産を指標とする経済において、日本の存在感が半減することを意味している。わずか三十八年後のことである。これは、努力して改善できる問題ではなく、予定された未来である。
 ものづくりも、日本の企業が存続を目指すなら、コストの合理性から生産の多くを海外に移転させなければならず、働き手の半減と相まって、日本の生産力は落ちる。相対してアジア諸国は猛烈な勢いで成長するのである。日本は明快なヴィジョンを持たないと確実に凋落する。そのヴィジョンをいかなるところに求めていくか問いう点で、ローカルと世界、特に今回はアジアというテーマから考えた訳である。
 日本はアジアに開いていかなくてはいけない。すくなくともアジア全域を自分の身体のように感じる尺度感と感受性が必要になるだろう。さらに百年の先を見るなら、ユーラシアはひとつという視点が台頭していることだろう。活性する東アジアも平熱を取り戻し、インドや中東、南米やアフリカへと経済のうねりは転じていくかもしれない。その時に、日本や滝川はどうだろうか。
 デザインは、日本の高度成長とともに育ったが、新たな状況のもとで、その役割は変わってきている。富の蓄積に寄与するだけではなく、おそらくは人間の尊厳や誇りに関係するところに、これからのデザインの役割がある。それがいかなるものであるかを、これからも滝川で、反復して問いかけていけばいいのではないか。
 学校の校舎をギャラリーに改築した「かぜのび」には、美と誇りが同居しているように感じた。アートもデザインも、最後には人間の尊厳に辿り着く、その大事なポイントを、先輩の五十嵐威暢さんとその仲間たちは深く、静かに教えてくれている。


西山浩平/起業家

アジアと日本のデザイン

日本人と日本政府
尖閣諸島の国有化をめぐる日本政府の対応が、中国でのさまざまな事件の火種となっている。メディアが取り上げるデモや放火の様子は一触即発の様相を呈してきたことを伺わせる。仕事で中国から帰国すると皆に「無事でよかった」と声をかけられるほどだ。そんな中、「日本人は好きだが日本政府は嫌いだ」というプラカードを掲げるデモの参加者らがいることを知った。中国の人々も普段プライベートに日本人と触れる機会が増えたのだろう。そのプラカードからそういった良好な人間関係が見え隠れして少し安堵感を覚えた。同時になぜそのプラカードが気になったのかをもう少し考えてみたくなった。

日本のデザインと中国人
北海道のデザイン会議の後に、北京で開かれたサマーダボス会議に出席してきた。滝川でアジアとデザインというテーマで先に議論をしていたことが大変役に立った。ダボス会議という国際的な経済会議でも、デザインとクリエイティブ産業がひとつの重要な話題として取り上げられていたからである。「ジャパン・ナイト」という晩餐会では、内閣府は、スタジオ・ジブリをはじめとするコンテンツを日本のひとつの強みとして打ち出していた。去年は環境技術を打ち出していたことを考えると日本政府の考え方にもハードだけでなくソフトなコンテンツ産業にも日本の強みを見出すようになってきたことがわかる。確かに、耳を澄まして聞いていると、アジアの企業経営者たちは、日本を自動車や家電の国というよりも、クリエイティブとデザインの国と認識し始めているようでもある。

ダボス会議でもデザインのセッションは人気だ。今年は、アジアのデザインがどのように世界のトレンドを影響しているかということが議論された。パネルディスカッションのなかでは日本のプロダクトデザインやアニメの位置づけが、米国のハリウッドに匹敵するコンテンツとして位置づけられていた。そして、それを聞く聴衆もそれを当たり前のように聞いていた。中国でもっとも大きな紳士向けアパレル企業の社長が中国を代表するパネリストとして出席していた。ディスカッションが終わって一緒になった日本のデザインをどう中国の流通に取り込めるかアドバイスに乗って欲しいと頼んできた。豊富な購買力がある市場のもっとも大きなシェアを持っている企業のトップによる発言だっただけに、日本のファッションの影響力を考えざるを得なかった。

「もはや中国人観光客を抜きに、予算を組むことは考えられない。」日本のアパレルの企画職についている友人は季節を追う毎に中国人観光客による売り上げを勘定に入れる割合が高くなっていると言う。一方でたくさん買ってくれるからと言って、中国人向けのデザインを考えると売れなくなるので、あくまでも日本人向きのデザインしか考えていないとも言われた。つまり中国人観光客は日本のデザインを買いに来ているということらしい。デザインの分野において海外で日本人が活躍しやすいということは大変ありがたいことだ。

デザインの力を拡げてみる
領土をめぐる問題は簡単には解決できるものではない。他方で政治には関心を持たないという姿勢も決して正しいとは思わない。政治の決め事はいずれ自分の生活に反映されるのだ。無関心でいてはいけないと思う。だからこそ外交問題であったとしても問題の解決に向けた努力は政府にだけ対応を任せておけばいいとは考えたくない。しかし個人としてできることがどれだけあるかと言われれば、限られたものしかないのも事実だ。その中で、ひとつインパクトが出せるものがあるとすれば、すでにアジアの人々に評価されているデザインの力を持って何かできないか、ということを考えることだ。アジアの人々にファッションやカルチャーは高く評価されるようになった。私たちデザインに関わる人間が、デザインの考え方や美意識をもっと広く政治や経済の分野に至る社会全般に拡げられるようになったら、そのとき日本はアジアでもっと上手に近所づきあいができる様になっているに違いない。


鈴野浩一/トラフ建築設計事務所

滝川デザイン会議には、はじめての参加でした。しかもパネリストとして!
第1部と第2部に分かれて議論することになっており、僕は2日目のの第2部の参加でした。第2部のテーマはアジアの時代「世界へ向かう日本のデザイン」。。。 知り合いも少なく、みな参加者の方は何回か参加している方も多くリラックスして楽しまれている中、1部は編集されたテレビを見ているように完璧なほど話が面白く、夜の食事も素晴らしかったが、なにしろ2日目の会議のことが常に頭にあり、体調まで悪くなってくる始末。
2日目、暑い会場、聴衆の方の熱気まで感じられ、暗い蔵の中での議論は日常から切り離され、異次元のような不思議な空間でした。話も大きく特にまとまる話ではないし、誰もまとめようとはしないが、聴衆の人と同じ時間、空間を共有し皆で考えたという経験は強く残った。
デザイン会議のディスカッションが終わった途端、緊張が抜けて、蔵の外にでると風が気持ちよく、食事は美味しくて周りの方といろいろお話もできた。
次回はもっとリラックスして初日から楽しみたい思っております。
お誘いありがとうございました。


Richard Guilfoile/Coleman Japan

I was very happy to participate in last year's event and to meet many new people and listen to everyone's views from a design and development perspective. Having been friends with Tak for more than 40 years and seeing his continued support for so many projects and to see his great work, always gives me inspiration to keep moving forward and thinking freely. Thank you again Tak, for including me in this group!

April 24, 2013

*文中のTakとは、五十嵐威暢氏のことです。


倉方俊輔/建築史家

1年ぶり3度目の「太郎吉蔵デザイン会議」。もう事前に「滝川に行く」と決めただけで、あの爽やかな空気が肌によみがえりました。
そして、太郎吉蔵の内へ。今回、登壇者として参加させていただきましたが、楽しかった。第1部で、佐藤卓さん、山崎亮さん、南雲勝志さん、柴田文江さんとご一緒でした。開始早々に繰り出された山崎さんの「Yes, and...」の話が通奏低音となって、「対立を経て和解を目指す熱い討議」ではなく、一見「なあなあ」のようでありながら、絶えず変化し、気づきを与え、1楽章でありながら2時間半も飽きさせないミニマルミュージックが奏でられたように感じました。私は話者間と過去-現在間の関係性を整理して、基本的には波を維持しながら、たまに新しいフレーズを差し挟む係、といったところでしょうか。
終わって、会場で第2部の議論に耳を傾け始めた時に、先ほどの登壇者としての楽しさが、以前からこうして聴講している時の楽しさと、同じであることに気づきました。同期でありながら同調ではなく、生産的でありながら予定調和ではない、紡ぎたての思想が前進していくような一体感がありました。普通の「会議」の登壇者と聴講者の関係とは違っているんですね。今回もその中に入って、多くの無形の品々を持ち帰ることができました。
何がそうさせているのでしょうか。滝川の空気、太郎吉蔵の空間、食の豊かさ、人々との出会い、立ち話・・。一つだけ言えるのは、緻密でウィットに富んだ皆さまのご準備がなければ、こうした場が生まれなかったことだと思います。感謝を申しあげます。


基調講演者からの感想

染谷 昇/ソメスサドル株式会社代表取締役

太郎吉蔵デザイン会議に基調講演者としてお招き頂いたことは、貴重な経験となりました。
ひとつのテーマに対し、さまざまな角度からのディスカッションは、
私にとって、地域企業としての展望を描く上で興味深く聴かせて頂きました。
また、2日間に渡り多くの参加者の方々と親交を深めたことは、私の大きな財産となりました。
参加された皆さまが、滝川市の魅力を強く感じていることを知り、地元で事業を営む者として、すがすがしい気持ちでデザイン会議を終えることができました。
来年も是非、参加したいと思います。
改めて、この機会を頂きましたことに感謝申し上げます。


中村 剛/ママズキッチン

第五回目の太郎吉蔵デザイン会議、サブテーマ「地域とデザイン」に参加させて頂き本当に感謝しております。
第一線で活躍されている錚々たるパネリストの方々、そして志高い参加者から多くの事を吸収させて頂き、消化することこそできませんが省察する機会を得ることができました。
話がほんの少し遡り、今年3月のことです。
この度の基調講演のお話を届けて下さったのは山崎石材工業(株)の山崎修氏でした。
その日の山崎氏はiPadを片手に当店に来店され、メッセンジャーとして過去のデザイン会議の様子を丁寧に伝えてくださいました。 そこで見た第四回目のパネリストの方々の中に、机辺にあった本の著者の名前が・・・
「一次産業×デザイン=風景」という方程式を作り、田舎を元気にしてしまう凄い人です。
会ってみたい!
という軽率な動機で基調講演のお話を引き受けさせていただく事になりましたが、この度の会議に出席された多くの方々の所在がみえてくるにつれ、大変な大役を頂いたことに気付いたのは、しばらくしてからのことでした。
および腰な日々が続き、そして当日。
貴重なお時間のなか、自分の稚拙な講話に耳をかたむけていただき
本当にありがとうございました! と言う気持ちでいっぱいです。
デザイン会議当日の前後を通して「デザイン」の存在にふれた今
モノを作るデザインだけでなく、人と人、人と土地を繋ぐためのデザインなど
その複雑で多元的な行為の重要性に気付かされ、デザインする人の世界観に魅了された自分がいます。
今後も何かのかたちで参加された方々や太郎吉蔵と関わり、鑑みてチャレンジしていきたいと強く思うとともに、もうそろそろ自分だけが畑で楽しむのでは無く、何かを発信しなければいけないと考えさせられました。
最後に、おこがましいことと叱責を受けるのを覚悟でいえば
自分も「農をデザインする」と言えるような仕事をしたい!
勿論、今から自分はデザイナーにはなれないので農業者として中村農園をデザインすることになりますが、畑でそんなカッコイイこと言えたら今以上に仕事が楽しくなりそうだ。
もし、多くの農業者が「ウチの畑にもデザインが必要だべ!」と言い出したら
もっともっと素晴らしい農村風景が広がり、美味しい食べ物が実り、ステキな笑顔が溢れ、
ひとつふたつ便利なモノが欠けたとしても、人は幸せでいられるのではないのだろうか。
これからは、覗き込むことなく
今にも増してデザイナーの方々の活躍される姿を
目の当たりにしそうですね。


聴衆からの感想

西上ありさ/studio-L

studio-Lの西上ありさと申します。
過日は大変お世話になりました。
わたしは帯広出身なので、太郎吉蔵、デザイン会議、
かぜのび、出会った人、食、ツアーなどすべてが感動の連続でした。

北海道にこんなステキな場所があり、活動があり、ひとがいることにとても勇気づけられました。
ありがとうございました。

まだまだ北海道でできることがたくさんある!!と
明るい気持ちになりました。

来年も参加したいと思っております。

コールマンのリチャードさんと立ち話したのですが
来年は「そらぷちキッズキャンプ」にもみんなで足を運べたらいいですね。

五十嵐さまの「あそぶ、つくる、くらす」を拝見して、
難病の子どもたちにこそ「あそぶ、つくる、くらす力が必要だとも感じています。

また奥村さまと一緒に行けたら、子どもたちの食について考える
おもしろいプロジェクトがはじまりそうな予感がしました。

まとまりのない感想ですが、
すてきな時間をみなさまと一緒に過ごせてとても楽しかったです。
ありがとうございました!!


宮崎耕輔/株式会社竹尾 ブランド推進チーム

昨年に引き続き2回目の参加となりました。
今回も自分が抱えている課題点を共有、共感でき、
会議の内容に頷きながら過ごした2日間でした。
特に初日の「地域とデザイン」では、
繰り広げられる議論に一緒に参加しているような感覚を覚えました。

今自分が仕事を進めている中で、突破すべき課題点の手段として
「コミュニケーション力」が大切な事を常日頃痛感していました。
チームの中でいかにみんなで同じ方向を向いて進む事ができるか、
またどのようにメンバーのモチベーションをあげていくか。
そしていかに達成をしていくか。
「地域」という確立されたコミュニティの中で、
どのように入り込み、一緒に推進していくか。
パネリストの皆様の話の中に、多くの気づきがありました。

もうひとつ「場をつくる」という話がありました。
地域を活性化させるひとつとして若い人が集まったり、
意欲のある人が集まったりする「場」が必要とのことでした。
もしかしたらこの「太郎吉蔵デザイン会議」こそ、
それを実践しているのではないかとふと感じました。
会議では真剣に話をし、その後食事をしながら交流を深め、
また真剣に話をする…。

私の中で人と人をつなく「コミュニケーションデザイン」という
考え方が顕著に形作られた会議でした。

リアルな物質、リアルな情報、リアルな交流。
足を運んで、手に触れて、肌で感じる。
こんな時代だからこそ、北海道の青く広い空の下、
皆様とお会いできた事は貴重な体験となりました。
ありがとうございました。


成田みくに/北海道教育大学学生

デザイン会議では、少しですがお手伝いもさせて戴き、大変お世話になりました。
私自身、あのような、プロとして仕事をなさっている方達が沢山いらっしゃる場に行くことも初めてでしたので、プログラムの内容と合わせて、色々と反省するところや思うところがあり、沢山勉強させて戴きました。

2回に渡る会議では、雑誌やテレビ等でその活躍やお仕事を拝見していたデザイナーの方、各業界のプロの方たちの姿を実際に目で見て、お話を生で聞くという、とても貴重な体験をさせて戴きました。
私はまだ学生という身で実地体験もないですし、これからのデザインは・・・と考える前に、まず手を動かし、経験を積むことが先決ですが、今ある問題から、“デザインとは”と根本から問い直す皆さんの姿勢が、とても刺激になりました。

あの二日間でのことをよく思い出しながら、これからよく勉強していかなければと思っています。
参加するだけでなく、お手伝いする機会も与えて戴き、本当に有り難うございました。
また、お会いする機会がありましたら、そのときはどうぞ宜しくお願い致します。


吉岡恭子/アートプロデューサー

目に見えるデザインと見えないデザイン。
この難しい課題とどう向き合っていくかを真剣に考えた2日間でした。

私の仕事は、空間にアートを取り入れることで、
人々に愛される環境を創ること。
(自分では「心のトーンが上がる環境創り」と捉えています)

7年程前にある方に言われた言葉をきっかけに、
デザインに直接関わらない方々にも、
自分たちも一緒に創った環境!と思ってもらえる様に、
出来るだけたくさんの方を巻き込みながら
仕事を進めていくようにしていましたが、
それは目に見えないデザインに含まれるのかと
目から鱗が落ちる想いがしました。

今まで手探り状態だったものも、デザインの一部!と捉えると、
もっと意味のあるものに繋げていけそうな気がしています。

デザイン会議で良質の種をさりげなく…でも確かに植え付けられた感じです。
その種が自分なりの実となり、花となり
いずれ誰かの想いに小さな種を蒔けるまで、
まだまだ長い道のりになりますが、頑張りたいと思います。

たくさんの気付きと、楽しい時間と、素敵な出逢いに感謝致します。
ありがとうございました。


藏重夕佳/旭川北高等学校

今年の感想、というより、去年からの1年間、ずっと今年のデザイン会議を待っていた自分を報告します。

去年の初参加。
実家近くでこんなすごい方々の生のお声を拝聴できるなんて!と、尊敬するデザイナーさん達のやりとりを「聴講料払って聞かせて頂く」気持ちで、思い切って子どもたちを初めて3日間も老親に預けて参加しました。震災直後のこともあってか、お話を聞いていてもいろいろなことが頭の中をぐるぐる巡っていたのを強烈に憶えています。言葉だけのやりとりがこんなにも力強いイメージを発信するのかという、期待以上の驚きの体験でした。
知り合いもいない中、パーティに行っても…と躊躇しつつ、これも一連のプログラムと自分に言い聞かせて行ったところ、お一人で参加されていた福岡の方が声をかけてくださり、そのお知り合いの方やそのまたお知り合いの方が次々と話し相手をしてくださって楽しく過ごすことができました。2日目の朝、来てみると彼女に「なんで、ブラジルに来なかったのォ!」と言われ???訳もわからず2日目は頑張って夕食会へ。なんとなんと、パネリストの方々と私のような一般参加者もご一緒させて頂けるとそのとき初めてわかりました。実家に電話すると子どもたちは寝たから大丈夫と言われ、下戸のくせにブラジルとやらに行ってみると!!!…楽しかった。楽しすぎた。うそみたいだった。夢のようなブラジリアンナイトでした。
真面目なことを書くとしたら、沖縄出身の若いデザイナーさんとお話しできたのが、私には貴重な体験となりました。

この数年間、育児最優先でちょこっと仕事に行っているような生活の私には刺激が強すぎて、あれから1年間ずっとずっと、いろんな事を考え続けさせられるほど、効果が持続していました。何を見てもデザインにつなげて考えてしまう自分に「イカれてる?」とさえ思うほど。いろいろなところで「楽しかった」と言いまくり、「布教活動」とまで言われる始末。

本業の学校の授業では、教科書や書籍に載っている皆さんの作品や、TVや新聞の記事に、なんだか授業を助けて頂いているような心強い気持ちになっていました。
私にはパネリストの皆さんのような大きな影響力はないけれど、自分にできることは何なのか考え続けた1年間でした。
私にできそうなことは、授業や行事を通して生徒や周りの方々にデザインに興味を持ってもらうこと。カッコイイものもあるけれど、そればっかりがデザインじゃないということや、そもそも「デザインはみんなのもの」と身近に感じたり、誰の生活にも寄り添っているものと気付くきっかけを提供することと、改めて自覚しました。
そして、自分が学生時代に恩師にしていただいたように、知人や教え子にもデザインについて考える機会を知らせたり誘ったりしようと思いました。

そんな気持ちで参加した今年のデザイン会議。
山崎さんの町民とのやりとりが、生徒会と美術部員のやりとりに重なって、面白かった!レベルは違うけれど、どこも悩みはおんなじだ、と勇気づけられました。
西山さんも「子どもが風邪引いたらお手上げ」って、うちとおんなじだ!「弱者の視点」って、ものすごく頭の回転が速くて鮮やかに整理して発言されるグローバルにご活躍の方でも弱者感をもたれるんだ、普通の人なんだ、いやまてよ、デザイナーこそ普通の人の感覚を失わないでいて欲しい、と生意気にも思ったりしました。
そして、Team Colemanの皆さんの楽しそうだったこと!

去年の参加の際は、あの3日間のお付き合いと思っていた方々が、1年間を通していろいろな情報を提供してくださり、私はそんなすごい情報は提供できないので旭川は寒いとか特徴的な季節の様子をお知らせしたら反応して下さったり、はがきのやりとりもあったりして、とっても楽しかったです。

去年の感想文はリキみすぎたので、今年はゆる〜く感想をと思って書きはじめても、1年分の感謝をお伝えするために、いっぱい書いてしまいました。これからの1年間、このデザイン会議を心の支えに、ささやかにでも新たなことに挑戦していかなければ、とあらためて思いました。


野口翔吾

デザイン会議に参加させて頂き、ありがとうございます。
人の縁でランターンからACTの活動に参加させて頂いています。
また会いたいひとと再会できたこと、また新しい出会いがあったことは素晴らしい収穫でした。
また会いたいひとに会えるというそれ自体が、今後のACT活動、またデザイン会議の参加の動機に繋がっています。
またみなさんにお会いできる日を楽しみに、僕は滝川の土地で汗を流して働こうと考えています。
滝川の市民として、みなさんが居心地良く過ごして頂けるような環境を作って行きます。
今後ともよろしくお願い致します。


三枝史子/コピーライター

参加も4回目となれば、すっかり夏の風物詩となった感のある太郎吉蔵デザイン会議。終わったあとは、短い夏の前半戦を使い果たしたみたいで、少し寂しいような、いまだにそこを去りがたい気分でいます。
ことしがいつもと違ったのは、「場外」の濃さではなかったかと思います。この1年、フェイスブックやツィッターを通して何人かの会議参加者と親しくなり、その方たちとの再会を待ちわびるように滝川へと向かいました。奇しくも七夕のその日はよく晴れて、道内各地、津軽海峡や太平洋の向うからやって来るなつかしい顔ぶれが、ことさらまぶしく映ったものです。ともに太郎吉蔵での時間と空気を共有したことに加え、SNSで日常の一部を晒し合う不思議さ、楽しさ。そんなことが、いつにも増してデザイン会議を身近にしたのは間違いありません。
今回の会議は一部と二部でテーマもメンバーも異なり、まったくベツモノを味わうようで新鮮でした。一部では山崎さんご自身が語られたYes, and にもとづく話術に呼応するように、議論もぐいぐいとスピード感を増し、トークのためのトークに陥らない中味の濃さが痛快でした。つくるためのデザイン、つくらないデザイン。双方の視点で聞けたのもよかったと思います。
一方で、二部の会議は前日とは対照的に、スローなペースで進行。テーマが大きかったからでしょうか、パネリストの口から語られる言葉が、最終的にどこへ着地するのかわからない(たぶんご本人も?)という、ハラハラドキドキな場面もしばしば。個人的には、議論のなかの数秒感の沈黙はむしろ歓迎すべきと考えているので、ゆっくり言葉を選びながら話そうとするパネリストの発言は、もっとおおらかに待つ姿勢があってもいいのではと感じました。ともあれ、この緊張感こそが、ライブで体感する太郎吉蔵デザイン会議らしさであり、参加者が持ち帰る永遠の宿題のネタになるわけです。そう、いつもの年であれば…。
ところが、この夏は場外も熱かった。一年ぶりの同窓会のごとく、お酒のある場所にわっと集まり、ああでもない、こうでもないと。それぞれが自分のノートを見せ合いながら、いままでは個人で答えを探す、あるいは考え続けるしかなかった宿題について、クラスの仲間と意見を交わし合うみたいな。気分はほとんどデザイン会議合宿のメンバーですね(笑)。太郎吉蔵のテーブルにあった問題はいつのまにか蔵の外へ飛び出し、いろいろな角度から語られることで、人と人をくっつける最高の接着剤になっていたようです。
そして、そして。会議をとりまくプログラムのなんと魅力的なことか。ウェルカムドリンクのカクテルにはじまり、幸福な食の数々。北海道で暮らしながら、じゃがいもとバターの組み合わせが、あんなにご馳走だったとは気づきませんでした。かぜのびバスツアーも遠足気分でほのぼの感たっぷり。太郎吉仲間みんなで行くから楽しいのですね。欲をいえば、前回の2泊3日ゴージャス版は復活しないのかしら。そのうち1泊はチームコールマンに混じってキャンプ参戦とか。今回もそそられるオプショナルツアーをご用意していただいたのに、度胸のない大人たちはたった一日の休暇をとる勇気がありません(そういう自分も)。だから、遊びのメニューも強制的に会議とセットになればいいなーなんてことを、この期におよんで妄想しているのであります。


中田 翼

今回初めて太郎吉蔵デザイン会議に参加させて頂きました。

会議やその他のプログラムがどのように進行するのか、
予備知識がほとんどない状態で臨んだので、
二日間通して様々な新鮮な驚きがあり、本当に楽しかったです。

まず、自分自身も前日から準備をお手伝いする中で、
パネリストの方々を含め参加されている方みんなの
「自分たちで会議を作り上げよう」という意識の高さに驚きました。
全員が「成功」に向かって力を合わせる。
簡単なことなのに、なかなか他の場で実践するのは大変なことです。
このようなみんなで協力しあえる場がもっと増えたら
世の中の流れがもう少し変わるのにな、と考えておりました。

また、会議自体の内容も、自分がプロダクトデザイナーとして企業で働いていた中で、
知らない間に身につけて凝り固まっていた考え方とは全く違う、
新しい視点のヒントが多くあり、非常にいい刺激になりました。

これから太郎吉蔵デザイン会議がどのように展開していくのか、
非常に楽しみにしております。

また、そのときはぜひとも参加したいです。


竹尾有一/会社役員

「グランドデザイン2012」

今回で3回目の参加となり、滝川にも、集まる方々にも、会議自体にも慣れてきた。僕がこの会議にて探し求めたいもの、それは「グランドデザイン」である。自分はどう生きるのか、とか、この国(社会)はどうあるべきか、というヴィジョン。そこに「デザイン」が、そして「デザイナー」がどう機能するのか、一貫してそこに大変な興味がある。

昨年はあの悲惨な東日本大震災を経てのトーンというものが確かにあったが、五十嵐淳さんの「ごちゃごちゃいわずにやろう」という言葉に代表されるように、会議自体の前向きな姿勢に力を頂いた。

そして今年は、われわれが更に前に一歩を踏み出すための示唆に溢れていた。中でも山崎亮さんの「Yes, and?(そうそう、それから?)」のアプローチ、そしてパネリストの方々が実践されている「場づくり」。

僕にとっての「本当の問題」である、会社をどうするのか(どうしていきたいのか)、どうあるべきかの「グランドデザイン」そのもの、つまりは社員ひとりひとりが自ら考え、実践し、会社という「場」を舞台に活躍するための環境づくり。つまりは僕にとってのデザイン」とは「経営」そのものだし、「経営」について考えることは「デザイン」を考えることである。そこからヴィジョンが言葉やイメージとなり想起され形成されている。

と、一端なことを書いたけれども、自身まだ最終的な経営責任を負っているわけではないし、経営者とも言えないけれど、この太郎吉蔵デザイン会議で得たものと人の繋がりは、間違いなく僕の大きな財産となっている。

この貴重な「場」づくりを継続されている五十嵐さんはじめ事務局の方々、パネリスト、参加者の皆様に多大なる感謝を申し上げます。

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追記:しかし今年もまた、ブラジルの熱気にやられた。参加者が足を運ばざるを得ないあの磁力は何だ? そう、Bar Brasilもまた、強い「磁場」である。滝川なのに、ブラジル。日本にいるのに、地球の裏側に来たようなあの異次元感。そしてその場で繰り広げられる議論の高揚感。お酒を飲みながら(飲まなくても)話し合うこともまた大事なデザイン要素では。
心から美味しいと思える食(by Foodelco)、ついつい杯を重ねてしまうお酒、そして一緒に居て刺激的な人々、それらの磁力に惹かれ、また来年の滝川の夏を楽しみにしている。


飯田めぐみ/アートディレクター、デザイナー

デザイン会議に参加して

私は、アートディレクター・グラフィックデザイナーをしながら
1997年に飲酒運転によって亡くなった妹の死をきっかけに2002年に創設しましたNPO MADD JAPANの代表をしています。
MADDとは「母親達の叫びの声と共に、気が狂った(それほどの哀しみ)」
という意味が含まれています。
それから、良い意味でデザインについて研究を続けたいと思い
多摩美術大学DC科にて学びを深めています。

今回の会議に参加して、とても実り多き時間を過ごすことができました。
初日は、それぞれの言葉を通した経験を活かしていくディスカッションが行われ、
いかにコミュニケーションの先にある、心を通わせたデザインの
可能性をクライアントと共に考えていくことが、
根気と共に大切なことであるかを、更に考えていくきっかけとなりました。

2日目は、それぞれの意見が白熱し、即興で浮かび上がる問題点の
素早い解決策と方向性にジェットコースターに乗っているような感覚へといざなわれました。 そのときの面白さと、個々のコンセプトのぶれない視点と共に
最後に原研哉さんの「心を開くこと」という言葉がとても印象的でした。

両日とも、考えることと真摯に向き合うことの重要性、人の気持ちの痛みを活かしながら
開かれたデザインへの可能性を感じさせてくれる会議でした。

食事もとても美味しかったです。
ありがとうございました。


金道泰幸/函館・湯の川温泉 湯の浜ホテル

太郎吉蔵デザイン会議へ行くのは今年で二度目でした。昨年は基調講演の機会をいただき、今年は事務局のメンバーとしての参加です。滝川で過ごした数日間、デザインと積極的に関わり社会で活躍されている多くの方々とお会いしお話できたことを幸運に思います。
会議では今年も様々な気づきを得ることができました。特に一部の会議中に語られた日本の地域とデザインに関する多くの言葉に、函館で働く自分の日々感じる漠然とした思いが、問題意識として明確化されていく経験をしました。その解決策として自分に何ができるかを、チャンスが来たら生かせるように考え続けようと思います。二部では世界へ向かう日本のデザインというスケールの大きなテーマと様々な切り口の議論に、想像が追いつかないところもありましたが、必死に理解しようとした結果、その後もずっとこのテーマが頭の中に残っています。特に「美意識」という言葉が印象的でした。「日本らしさ」というより「日本の美意識」といった方が私には新鮮で想像力が刺激されます。私は函館に住み観光に携わる仕事をしているので、すぐに「函館の美意識」と連想してしまいましたが、これは確かにあります。自分の住む地域の美意識を見える形にして外に伝えていくことも重要な仕事と思い、これから研究をしてみようと思っています。
北海道の滝川で、このような場が実現できていることに驚きます。五十嵐威暢さんはじめ参加者の皆様の並々ならぬ熱意があってのことなのだと、事務局メンバーとして関わってわかりました。昨年に引続き大変貴重な機会をいただきありがとうございました。また滝川で皆様とお会いしたいです。


新堀 学/建築家

一年ぶりの、太郎吉蔵には北海道のさわやかな夏が待っていた。
3回目から、毎回ご一緒している山崎、倉方両氏がパネラーということで、万障繰り合わせ馳せ参じた。
答えのない問いの存在と、それに対して答えようとする各人の試みの大切さ。
毎回、日常忘れがちな思考の基準点を与えてくれることが、ここにくる大きな意味であり動機づけになっている。
いろいろな事情をおいてでも参加したい、貴重な機会がまだまだ続くことを希望したい。


大津珠子/大学教員

今回のメインテーマがなぜ「アジアの時代」となったのか,その心は何だったのだろう,
と自問しながらの参加となりました。
2日目からの参加でしたので,残念ながら前日の議論の様子はわかりません。 デザイン会議が終わって1ヶ月たった今もはっきりとした答えを見いだせていないのですが,日本を取り巻くアジアに対して視野が広がったことは確かです。 日本,そしてアジアが進むべき未来像は,3.11以前と以後では大きく変化しました。
とても皮肉なことですが,3.11を経験しなければ気付くことができなかったかもしれない,という事実にも向き合うこともできました。
人口減少してゆく日本そしてアジア,世界を,デザインの力で適正サイズにリノベーションさせる。山崎亮さんや原研哉さんの言葉は,アジアと日本の未来を考えるきっかけとなりましたし,私自身もその一助となって関わってゆきたいという気持ちの支えともなりました。

最後に,デザイン会議という素晴らしい出会いと語りの「場」をしつらえて下さった会議メンバーのみなさん,事務局の五十嵐威暢さん,羽田麻子さん,金道泰幸さん,岡野祥子さんに感謝申し上げます。細部にも決して手を抜かないおもてなしの心に感激しました。ありがとうございました。


竹内正彦/建築家

今年初めて参加させて頂きました。1泊がセットのデザイン会議には時間とお金の工面するのに苦しくて躊躇したものでした。しかし今年になってようやく余裕も出来て申し込んだら時すでに遅くキャンセルを待ち。開催ぎりぎりでとうに忘れていた頃になり出ました!
参加してみて心遣いのこもったおもてなし、即興的とも言える本編の議論に刺激され次第に興奮が高まっていくのが分かりました。パーティーひとつ取っても料理も飲みものも申し分ないものでした。翌日のバスで移動した先の見学会、昼食会、この料金で赤字だろうなぁと逆に申し訳なくなる始末。こんな贅沢な時間はそうお目にかかれる機会は少ないのではないでしょうか。沢山の素敵な方々とも知り合いになることが出来ました。このような舞台を用意してくださったスタッフの皆様に感謝です!来年ももちろん参加します、有り難う御座いました!


鈴木 理/建築家

自分の問題として、共感する点がたくさんあった。
デザイン会議の直前に、あるプロジェクトで中国へ石を見に行って来た。
第二部で五十嵐さんも話されていた福建省のアモイである。上海を経由して帰って来たのだが、
いたるところ高層マンションやビル群が、数十棟、数百棟単位の凄まじい勢いで建設されているのを目の当たりにして、なんだか恐ろしさを感じた。
飛行機から見下ろすと、単調で同じ設計の建物が無限増殖をしているかのように映ったのだ。
いまの日本では、作らないデザインを意識しなければならないが、一方では、そんなことをおかまいなしにどんどん作れ、増やせというようなバランスの悪さ。
自分が日々、天井高さをあと30mm、窓枠のチリをあと1mmとやっているのが、なにかとても小さいことのように思えたのである。
そんなとき、同じ作るなら1mm上か下かを気にしながらデザインしたいという、
佐藤卓さんの言葉に救われる思いがした。
デザイン会議は、いつも、自分が抱えている漠然とした問題意識を、ある面でははっきりさせてくれると同時に、
一方で、やはり別のもやもやとしたものを抱えて、札幌に帰ることになる。
今年は、これが楽しく感じられるようになってきた。
バスツアーも含め、来年も楽しみである。ありがとうございました。


前田美保子/blanc studio

今回、初めて参加させていただきましたが、
これまでこういう場があまり得意でなかった私には、非常にいい機会でしたし、
多くの刺激を受けました。ありがとうございます。
これをきっかけに、外に向けて、もっと発信しなければ、と改めて思いました。

さて、一番印象に残ったこと、これは、2日目のテーマ、
「世界へ向かう日本のデザイン」で、パネリストの西山さんが
おっしゃった内容です。

大迫さんは、テーマを考え、内容が広がりすぎる旨をおっしゃっていましたが、
私としては何の違和感も無くその内容を受け取りました。
テーマから、やはりどうしても「○○vs日本」という風に考えてしまいますが、
その思考の構造を変えて、もう少し広い域内で日本を考え、vs として
日本デザインが世界に対峙するのではなく、日本人にしかできないことを
先鋭化してアジア全体でその役割を担うことで、日本デザインの存在感というか、
ポジショニングを確保していく、ということをおっしゃっていたように
思いました。そういう意味で、私は西山サンの議論をもう少し突き詰めて
御伺いしたかったように思います。

わたしは日本人にしかできないデザインがあると思っていますし、
それは知らず知らずのうちにDNAに刻み込まれているものだと思っています。
そこをさらに磨き上げていくためにも、グローバルスタンダードにあわせるのではなく、
得意な分野をチームとして他国と分担しつつ、日本の得意な部分を精鋭化して
世界に向かっていく方が、古くから受け継がれてきた日本の特性を残していけると思いますし、それがこれからも残していくための、唯一の方法ではないかと思います。

自然の風景は別として、人がつくってきた昭和の風景、古き良き日本の風景は、
地方からなくなってきているのではないかと思います。
かえって東京の下町の方が、そういう風景が残っていて、地方は大型のショッピングセンターが席巻し、まるでアメリカの小都市の風景をみているかのような国道沿いの風景を良く目にします。これは東京の方が、それぞれの小さな街の小さな店舗や職人さんの生計が成り立つバックグラウンド、それらを支える人口があるからで、地方には、小さな店舗ではそこに来る絶対数が少なく、大型店舗で広範囲から人を集めなければ店舗が成り立たないからだと思います。
これと同じことが、今後の日本にも起こる可能性があるのではないでしょうか。

21_21で行われている手仕事展での、東北の日常に生きる美しいものづくり。
これらを残していくためには、これらを使用し、購入する人々が
存在し続けなければいけませんし、そのためには、それらを支える経済的な人の絶対数が
必要になってくると思います。
こういう美しい手仕事たちが、大量生産の外国から流入する何かしらに
取ってかわらないためにも、それらの良さを海外にも伝え、知らせていくことで、
存続に耐える絶対数を確保しなければならない段階が近い将来やってくると思います。

なかなか文化がちがうと、難しい部分もありますが、これからの周辺の状況を
考えていくと、そういう道を探っていかなければいけないのではないか?と、
いろいろ考えさせられました。
あの議論は、もう少し続きを聞きたかったです。

いずれにしても、ありがとうございました!
続きの議論が聞ける場が、またあることを願いますし、
今回、スタッフの皆様のお陰でこのような場に参加させていただけたことに
感謝申し上げます。


藤田英晴/株式会社るっく

参加者からの感想・藤田英晴

参加者からの感想・藤田英晴