※順不同・敬称略

斉藤  浩二 / 株式会社 キタバ・ランドスケープ
デザイン会議は後半しか聞けなかったのですが、板東さんのお話には大いに共感する所がありました。ステージのやり取りを聞きながら、デザインは誰のためにあるかを考えました。私は、先ず社会のためになる、人の役に立つことがデザインで、それがうまく行った時に報酬が得られて、結果的に自分のためになる、という図式で考えています。しかし、最初からデザインとは自分のためにするもの、と考えるデザイナーや建築家もいるんだな、と感じる部分がありました。 
会議の運営については、新しい方や若いメンバーが舞台裏で活躍していた様子が頼もしかったですし、いつもの少数精鋭メンバーの「あ・うん」の動きには今回も感心しました。でも、負担がかかる人は決まっていて、それを分散するのは本当に難しいことだとも思います。
会議後、五十嵐さんから呼びかけがありました。「参加者が運営(主に当日)に加われる方法を考えよう」。私は、 当日だけ何かをお願いするのでは、言われた方はやらされている気持ちになると思います。企画段階から関わってもらえば、当事者意識を持つことが出来るはずですが、この段階から多くの方を巻き込むには、事務局の大きな人的パワーが必要になります。現在の事務局の負担を考えると、そのようにしよう、と安易に言うことが出来ません。せめて、企画段階での議論や物事が決まって行く様子が、求める人には見えることが必要だろう、と考えます。


   
五十嵐 威暢 / アーティスト
6回太郎吉蔵デザイン会議2014を終えて  
 
初めての試みとして、みんなでつくるデザイン会議:参加者全員でつくり、楽しむことを目指しました。
運営に積極的に関わった方々をご紹介することで、来年の運営がさらに多くの新しい運営参加につながることを期待したいと思います。(敬称略)
 
大切な協賛金の確保は、斉藤浩二、五十嵐威暢、遠藤真千子、大畠ひとみ、中村剛、三浦泰明、藤島保志が担当しました。
プログラムの素案は五十嵐がつくりました。
事務局として、矢口和久+古谷美峰子が、経理と全体調整は古谷が昨年までの事務局だった羽田麻子から適宜引き継ぎました。
今年の会議のロゴデザインやウェブサイトのデザインや更新は、遠藤と大畠が。
当日は多くのA.C.T.メンバーが運営に参加しました。
ギャラリーCOYA展オープニングは、展示に参加した遠藤、小菅謙三、大畠をはじめとして7名の出品者が、事前の準備と当日の設営を行い、hotel miura kaenが協力しました。
ウエルカムドリンクは、バー・ブラジルが出張サービス。懇親会会場の予約は、いつもながら神部絢子を通じて。
「太郎吉蔵デザイン会議・五十嵐アート塾#31」のプレゼンテーター:
赤坂真一郎、五十嵐淳、鎌田順也、国松希根太、板東孝明、三善俊彦/進行:大迫修三。事前準備は五十嵐威暢がいつもどおりに大迫と。音響機材は例年どおり伊藤和博が担当し、会議の会場設営では参加者全員で椅子を並べました。
矢口と山崎修は蔵のバナーや看板の設営と整理整頓をしました。
地元食材によるウェルカムディナーは妹尾大輔さんの奮闘によるものでした。
ホテルに宿泊された方々にはイル・チエロで地元食材による特別朝食でしたが、ホテルスタッフによるメニューと演出企画でした。
 
多摩美術大学版画展は斉藤の度々の大学訪問や美術館との交渉によるものでした。
ポストカードのデザイン制作は山岸正美。
移動のバスの手配や参加者のための保険加入は遠藤が担当。
 
かかぜのびでのワークショップでは、藤島が交渉した地元食材による特別ランチを地元の女性陣がつくってくれました。
また、ママズキッチンの中村さんからオリジナルスイーツの差し入れがありました。当日のかぜのび運営では小野寺さんが大活躍でした。
 
飛び入り企画の八谷和彦トークショーと風の谷のナウシカの飛行具(メーヴェ)の展示など、たきかわスカイミュージアムと共に準備したのは遠藤と小菅でした。
かぜのびワークショップ「こもれび制作」とかぜのびワークショップ「小石に描く」については杉山武司を中心に藏重夕佳と共に活躍。  
 
「オプショナル・ツアー」は参加者1名でしたが山岸が丁寧に案内。
公式リポーターは臼田捷治、カメラマンは酒井広司と酒井樹生親子でした。
 
昨年までの太郎吉蔵デザイン会議は当日の役割分担を除いて、事前の準備から事後の後処理まで、企画、参加者募集、参加受付、スポンサー交渉、ウェブサイト制作と管理、発注と支払いなど、ほとんど総てを岡野祥子、羽田麻子、五十嵐威暢の3名が担当しました。
今年はこの3名がほとんど参加しないという状態で、かなりの役割がばらけたと思います。しかし、まだまだ多くの参加者が運営に参加することが求められます。
 
来年の運営には企画段階から多くの方々に参加していただき、みんなでつくるデザイン会議という画期的な運営体制を構築したいと思います。
要はひとりで抱え込まずに勇気を出して、周りの人に分配することです。そのことによってかえって煩わしさが増えたとしても、それはほとんど1回限りのことで、次回からは経験をもとにそれぞれが力を発起してくれると信じます。
皆さまの積極的な参加をお願いします。



赤坂真一郎 / アカサカシンイチロウアトリエ 
札幌から車で2時間程度の近さにある滝川市で、この会議が毎年開催されているのは知っていたが、これまでは何かとタイミングが合わず、参加した知人から話を聞くだけだった。
そして今年、満を持して(笑)初めての参加。しかもプレゼンターとして!?
初めは全体プログラムの趣旨や構成も良く理解しておらず、腰が引けていたのだが、夕刻の懇親会前には適度にリラックス。他のプレゼンターや参加者の皆さんとも会話が弾み、酔っ払い準備完了。そこに琴演奏と地元食材を使った心温まるおもてなし料理となれば、盛り上がらない訳がない。そのテンションは翌日も続く。これはデザインやアートへの想いという共通項を持った人たちが、小さな街に集まって語り合い、トレーニングする為の合宿だ。気付くと最後には皆がチームのメンバーになっている。何だろうあの雰囲気。夏休み、田舎の祖父の家に遊びに来て、近所の知らない子供たちと仲良くなっていく心地よさ?あるいは道端で故障した車を、通り掛かりの人達が近くのガソリンスタンドまで押し届ける時の一体感?とにかく例え難い、しかし恐らく東京や札幌では得られない不思議な魅力が、太郎吉蔵デザイン会議にはある!その事実を知り得たことが僕にとって最も大きな収穫であった。



三善俊彦 / 三善デザイン事務所
五十嵐塾
デザイン会議を終えて。
 
今回、初めてプレゼンテーターとして参加させていただきました。
テーマはアート&デザインの今とこれからという事もあり、
自分のデザインのルーツと現在<デザインのために>自分が取組んでいる事を発表させていただきました。
自分のデザインのルーツとして学生時代、五十嵐先生にあこがれて制作した卒業制作を26年振りに先生の前で発表させていただいた事は、とても恥ずかしく、懐かしく、楽しいひと時でした。
まさかこんな時期にこんなかたちで、この発表は想像していませんでしたが、
何か不思議な縁を感じました。この縁に感謝し、またデザインという縁に恩返しするために今、取組んでいる活動の一つである、道内各市町村の広報誌デザイン講習のお話をさせていただきました。
今回の話を通じて、一所懸命取組み、楽しみ、感動し、それに感謝し、それを連鎖させることができたら、それは素敵なことだと思っています。
今回のデザイン会議には女房と会社のスタッフと参加させて頂き、たくさんの人とのコミュニュケーション、飲みにケーションができ、とても楽しいデザイン会議でした。このような機会を与えていただいたことと準備して頂いた裏方さんに感謝です。



佐藤 優子 / ライター
「隙間の会話」に聞き入った2日間
 
 札幌で出版している季刊誌『カイ』2014年10月20日号の巻頭に五十嵐さんにご登場いただくご縁で、カメラの伊藤留美子さんと2日間密着させていただきました。
 今年はいつもの趣向を変えた太郎吉蔵デザイン会議「突然変異」の回とのこと。ほの暗い空間での6人のプレゼンが新鮮でした。
 二日目のメー●ェ(禁句ですよね!)を取り囲む皆さんの興奮した表情や、「かぜのび」での、スリッパもどこへやら靴下でぺたぺたと回遊する人の流れ。初めてだけど懐かしい。そんな時間を楽しませてもらいました。
 『こもれび』のバリをとるワークショップのときです。「僕もやりたい」と八谷さんが参加し、紙ヤスリを使いながら「(作品制作に)学生は使わないんですか?」と五十嵐さんに訊いていました。
 「そうね、本当は使うほうが早いんだろうけど、僕は自分でやるのを大事にしたいから」。こ、これってものすごく貴重な会話じゃないの?と密かに耳をダンボにしていた私ですが、ふと思いました。
 こういう作業中の会話や移動途中のおしゃべり、おもてなしの宴を囲んだ名刺交換でもいい、この太郎吉蔵デザイン会議に関わった人同士の「隙間の会話」が私たちに今後をよりよく生きるためのヒントを与えてくれるのではないかしらん、と。
 取材・撮影にご協力いただいた皆様にあらためてこの場をお借りして御礼申し上げます。本当にありがとうございました。



向田 薫 /ニセコ町役場建設課・都市計画係・建築係
今回、太郎吉蔵デザイン会議に初めて参加させて頂きました。
締め切りを過ぎての申込みだったのにも関わらず、丁寧に
ご対応頂きまして、本当にありがとうございました。
 
芸術やアートを軽視する状況がある中で、デザインに熱く強い想いが
ある方々のパワーある会議、そして参加者の錚々たる顔ぶれに、
驚きと興奮でワクワクが止まりませんでした!
 
また、そのような方々と気軽にお話を出来る機会を設けて頂き、
滝川・空知の美食と共に、素晴らしい出会いと繋がりを頂きました。
 
今回のデザイン会議は、私の心の深いところに入り込み、何かを
変えてくれたと思います。
 
つたない文章で感謝の気持ちが伝わりにくいかも知れませんが、
このような機会を与えてくれた皆さまと、会議の開催のために
ご尽力頂いた皆さまに心より感謝申し上げます。ありがとうございました!



古谷 美峰子 /プラス・エス
事務局を担当して
 
不在の一夏を除き、ずっと参加をしてきた太郎吉蔵デザイン会議では、A.C.T.会員として何かしらのお手伝いをしてきたとはいえ、今回は突然の事務局チームとしてのご指名。羽田さんから情報や助言や五十嵐さんの細かなフォローをいただきながらも、「誰が」「何を」「どこまで」進めたり決めたりするのか難しく、準備が遅れがちになるというご迷惑をおかけしてしまったことをまずは皆さんにお詫びしなければ…。
そんな中、コンセプト「参加者全員が主催者」のもと、各チームのリーダーにはチームメンバーの選択(勧誘?)と進行をお任せし、事務局は主に全体的な動きと関係者間の連絡に徹することで、出来るだけ多くの方に運営に加わっていただこうと心がけました。
お願いをした皆さまが快くサポートをして下さり、特に若いメンバーの積極的な関わりが生まれたことなど、うれしい進展もありました。
今回はまだ手探り状態での体制チェンジでしたが、今後は当日も含めて、より多くの人を「かぜる」(北海道弁で「仲間に入れる」)ことで、また一歩コンセプトに近づく機会が広がればと願っています。
参加者の皆さんは、2日間を様々なスタイルで楽しんで過ごされたようで、リピーター濃度がさらに高くなったように感じました。事務局チームにとっての何よりの成果です。ありがとうございました!皆さまとの次回の再会を楽しみにしております!


藏重 夕佳 / 教員
1980年代。田舎の高校生にとって、デザインは「都会の、大人の、かっこいいもの」、遠~くからあこがれて眺めるものだった。21世紀もまた、まんがの世界以上の想像力がはたらかず、遠い夢の世界だった。周りの大人からしか将来は想像できず、30歳以降の姿を思い描くことすらできない幼い高校生だった私。テレビだけが、都会を、世界をチラ見させてくれてはいたけれど…。就職して結婚して子供を授かって40を過ぎて…気づいたら、とっくに21世紀に突入していた。

この会の準備や運営については、平日は無理だけど、休日当日は使いっ走りでも何でもしますよと、2年前の椅子ならべからお手伝いを始めた。あこがれの人を眺めてるだけじゃなくて、自分も動かなくちゃ…と思っていたら、今回からは若い人を応援してバトンを渡していく段階にシフトしていた。得意を活かし、助け合い、みんなでつくるデザイン会議。お金を払って誰かにお願いして…ではなくて自分のこととして、できることから関わることで意識が変わる、この会は会期に限らず人を育てる会だとわかった。

21世紀は…高校生の頃思っていたのと違って、普通だった。むしろ、近代以降に捨ててきたものの良さを見直す時期だとわかった。新しい物や技術にはわくわくすることもあるけれど、壊さず手入れして保存すべき物、廃れさせず継承すべき技に目を向けたい。限界集落は困るけど、都会が良いとは限らない。社会構造も変わり、従来の考えが通用するとも限らない。

空知は炭鉱の衰退で、とっくの前から人口減少・高齢化が著しい…これって、時代の最先端!? 一方、自然が豊かで四季の変化もメリハリがあり、食べ物もおいしく魅力的な場所だと、今さらながら故郷:空知のよさを再確認。
 
歴史を学んで未来を創りたい。「わたしにできることって、なんだろう」の連続。
 
でもやっぱり今回も、田舎者には板東先生や八谷さんのお話が刺激的で面白かったですし、版画展の自然発生的ギャラリーツアーにはクラクラするほど興奮しました。手を動かしながら語らいあった時間は、忘れられない思い出です。


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